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後だしじゃんけん

卑怯だよなー、ずるいよなー・・・。日本人ってきっと諸外国から言わせるとこの「後出しじゃんけん」民族に見えるんだろうなー。

私、いっつも感じるんですけど、トランプさんって「先だしじゃんけん」の人なので、当然相手に手の内を見せてしまっているわけで、分かりやすく攻撃しやすい存在であります。もちろんバカではないのでそれが彼の作戦なんだろうと考えます。日常的に周りにもそういう方がいらっしゃって、必ず先真っ先に自分の主張、要求を出す。受けた方はえ、え、え、ぎょぎょぎょ、となることが多いんです。先制攻撃を受けるとひるむ。仕方ないのである意味妥協案を出す。つまり一歩引く事になる。そうやって交渉事が不利になっていくのである。

日本の++首相は後出しの典型でらっしゃる。相手の出方を見てからこちらの主張をおずおずと出す。じゃんけんの場合はその方が勝ちとなるわけですが、結果はいかんや、ズルしたことがたたり、譲歩・妥協ということになる。

世の中の大人社会に蔓延しているこの「後出し」。これを改めないと本当に置いて行かれちゃうよ。もう手遅れかもしれないけど・・・。

児童虐待

日曜討論とかいう番組で、この「児童虐待」が取り上げられてどう対処するべきかが討論されておりました。厚生労働省のお偉いさん・元児童相談所所長・虐待児の診察医師・子供を守るNPO法人代表・児童虐待専門弁護士など、専門家が顔をそろえてあーでもないこーでもない。其々の立場からのそれぞれの位置からの発言で、どの意見ももっともらしく頼もしい限りでした。これだけいろいろな立場でいろいろな専門家が関わっているのだからもう安心?

火事が起こりました。見つけた人が通報しました。消防車が来ました。警察も来ました。放水!・・・。あれ、水はどうした?。ふと横を見ると、消防の人、警察の人、家の人、通報した人、見物に来た人などが話し合いをしています。何時何分にどこからどのように火が出て中に何人いるのか原因はなんなのか・・・。

交通事故が発生しました。血を流してけがにんが倒れています。見ていた人が通報しました。パトカーや救急車が来ました。それ、救出!・・・。あれ、担架はどうした?現場の周りには警察官、救急隊、加害者、目撃者、やじ馬などが話し合いをしています。何時何分でどの車がどの人をどうやって信号は赤で青で車のスピードはどのくらいで・・・。

話し合いは大事です。とてもとても大事なことです。でもね、今、即やらなければいけないことは何ですか?状況検分や事情聴取ではないでしょ!そこんとこが根本的に間違っているんです。そんなことしているうちに、火は燃え広がりけが人は死んでしまうんです。対策とかの話し合いは後ですればいいんです。

アメリカでは虐待の通報があると即、警官が駆けつけ、親に向かって拳銃を突きつけて「ホールドアップ」です。まず、子供の保護です。安全を確保することが最優先です。確かに誤解があったりもします。行きすぎやり過ぎの行為になる可能性も大です。しかしまずは安全の確保です。そのタイミングを逃すと、命に係わることになりかねない。

日本人には緊急性に対する危機感が欠如しています。なあなあ、まあまあの能天気民族ですから、救われるはずの事がみーんな手遅れになる。そして悲痛な表情をして「アーあの時もう少し・・・だったら・・・」と頭を垂れる。自分がかわいい民族ですから、こりゃー救われんわなー!

唯一NPO法人の代表の方、元警察官というだけあってさすがに性根が座っておりました。彼の「即、保護。やるしかない」という発言。支持します。その意見に対し、他の連中は相も変わらず最後まで理屈をこいていましたね。その間にも多くの子供たちが虐待にあっている。命の危機にさらされているんだよ!

4回転が、162㌔がそんなに偉いのか?

技術革新も目覚ましいが、スポーツの世界も記録がどんどん更新されていく。記録は破られるためにある!と、誰かが言っていたような気がするが、とにかく昨日の新記録は今日破られるための踏み台でしかない。今日の新記録はまた明日・・・のでしょう。俗にいうアスリートさんたちは、なにが目標?なのでしょうか。破ること、勝つことによって賞賛され、莫大な賞金を手にする。半端ないトレーニングを積み重ねた結果を評価されるるのは当然の事である、のではありますが、なんか破ることだけにその目的があるのだとすると、スポーツの意義・真髄ってなんなんだろうと考えさせられます。

スポーツとは「戦い」なのか。勝者と敗者を区別するためのものなのか。新記録を生み出すためのあくなき挑戦が続いていくことは間違いないわけで、その行きつく先には何があるのか・・・。この世に成立しているものが全て「戦い」の対象なのか。あらゆることを勝ち負けで区切らなければおさまらないのか。

春めいてきて、やがて小学校の運動会の季節がやってくる。赤勝て白勝て!どっちも頑張れ―!。そこでも一等二等・・・となるわけです。速い子もいれば遅い子もいる。だから一等もあればビリもある。そんなのしょうがないじゃん。なんか抵抗がある。でもどうしたらいいのか分からない。誰か教えて・・・。


利己主義=自己主義?

自分に害の及ばないことだとすぐに許す、忘れる。毎日毎日、凶悪陰湿な犯罪が起こる。ウソやごまかしがで世の中が埋め尽くされる。あそこで詐欺があった、殺人があった、虐待があった、事故があった・・・云々。全て自分に降りかかってこないことであれば、人は許し忘れていくのである。3日前の出来事などすでに風化。昨日の事すら記憶に古い。常に新しモノ、コトを追い求めているわけで、過ぎ去ったことなどにかまけていられない。なぜそれほどまでに見逃してはいけないことに無関心になってしまったのであろうか。
利己主義という言い方があった。自分の利益になることだけを考えて行動する事。もちろん批判の対象になる事に違いないが、考え方や行動がハッキリ見えている分、とても分かりやすかったように思う。
最近の傾向は、明確に外に主張することもなく、ただ自分を強引に発信していく一方的「自己主義」。人と対面することなく言葉を使わないで自分を発信していく。そうしないと自分を見失ってしまうような恐怖感があるのだろう。

もっと対話をしよう。それが人間である最低の最大の証であるのだから。

自分のふり見てわがふり直せ

国会中継見てます。高そうな立派なスーツを着て、素敵なネクタイをして、与党の議員さん大臣さん。野党の議員さんは多少質が落ちた感じに見えるのはなぜでしょう。質疑が始まる前、緊張の面持ちの方もいれば(いつ自分がやり玉に合うのか・・・)、すっかりくつろいだ様子で談笑している方もいる。特にアベさんとアソウさんはいつも余裕顔。にこにこニタニタしている場面が映ってるぞ、お前ら。昨晩の料亭のうまかった物の話なのか、お忍びで出かけたバーの女の話なのか、とにかくうれしそうである。
さて、いざ質疑が始まる。身内のようなコウメイトウなどの質疑はお決まりのどうでもいいような当たり障りのない内容で終わる。あほくさ。さて野党の登場である。期待満々。突っ込め―!やっつけろー!やったレー!・・・。なんかその内容もよくよく聞いていると、言ったの言わないの個人攻撃に終始し、肝心の大問題からそれていく。子どもの喧嘩以下の体たらく。本人はすっかり調子に乗っていいつもりなんでしょうが、見ている方は閉口する。答弁に至っては、焦点をごまかし全く要領を得ない「別な」話にすり替えたりしてインチキ手品師もびっくり。いつも一番に目につく野郎は言うまでもなくアソウである。あのニタニタ顔何とかならんか。二番手はどんな時もどんなことにも流暢にとどこおりなく答弁するアベのくちびる。・・・でありますから・・であります。と、全ての事を自分が正しいと定義ずける。あの答弁のテクニックはどこで身に着けたのだろう。

相撲中継を見ていると、取り組みが終わった力士が戻ってきて「モニター」で確認をしている光景をよく見ます。勝っても負けても自分がどんな相撲を取ったのか、客観的に観察、分析、反省。その姿勢が次につながっていくのでしょう。いいか、この国会議員のアホども!中継の録画を見たことがあるか!自分がどんな恥ずかしい大人であるのか、客観的に見てみろ。余りにも恥ずかしくて見れないよねー!。見てしまったら二度とあんなことできない。

「人のふり見て我がふり直せ」と言われたのはもはや過去の事。客観的に自分を見ましょうよ!すべての大人に告ぐ。「自分のふり見てわがふり直せ!」


返せ―!

デパートに用があって久々に出かけました。やっぱあの独特の高級感のある「おもてなし」な雰囲気はいいもんですなー。それゆえ、世にいう奥様方が足しげくお出かけになるのでしょうね。一回はご婦人のアクセサリーやらお化粧品などを扱う売り場が多く、華やかな雰囲気と良い香りがそこはかとなく漂ってくる。売り場のお姉さま方もなかなかなもんで、恥ずかしいような嬉しいような、思わず鼻の下が伸びるもんです。男は!
目で楽しんだ後は鼻で?楽しむ。地下の食品売り場へGO-。様々な色彩とおいしそうなにおいが充満しておる。どれもこれもおいしそー!おひるの限定ごはん!というタイトルに目が泳ぐ。そんな中「本日限りの浜松直送ウナギごはん」。1500円が980円!わーいわーい。めったに食べられませんう・な・ぎ。1500円だったら買わない、私だけのひるごはんじゃーちょっと後ろめたい。1000円切ってる。普段ならそれでも予算オーバー。昼飯は頑張って800円どまりでしょっ・・・。喉がなって自然に手が出ちゃった。持ち帰って、一人であることを再再確認して包みを解く。時計の針が12時を指した事をも確認しておもむろにふたをあける。山椒をふりかけ沸き立つ香りに涙する。はしを割って小さくちぎって口へ運ぶ。(マー980円でゲットしたウナギ弁当。もともとウナギは小っちゃいの・・・)。ウーン、お久しぶり―!。さーて次の一口は思い切ってもちょっと大きくがばっといっちゃいましょう。口中が甘ダレご飯とウ・ナ・ギでいっぱいになる。すぐに噛み砕くことはしない。舌の上で転がし鼻に抜けるにおいを堪能し・・・と、その時「チャンチャカチャンチャカチャンチャカチャン・・・・・・・・」。ええい 黙れ黙れ だまれー!!!!着信は知らない携帯番号。お客さんだったら出ないとまずい・・・。口中は満杯でもちろんしゃべることなどできぬ。速いとこ飲み込んでしまわなければ・・・あーでもおっきいウナギがそのまま噛み砕かれることもなくそこにいらっしゃる。電話はなり続ける。パニック状態で無理やり喉の奥へ押し込みお水を一杯。息つく間もなく「ふえーい、ピアノのすずきですー」。何とも滑舌の悪い返答。

「いつもお世話になっております―!株式会社**の;++ですーーーー!。あっ、社長さまでらっしゃいますか―ーーー!どうもどうも!今お時間よろしかったでしょうかーーー!で、ですねー(と、一方的にしゃべくるりやがる)。こっちはあの至福の塊がようやく喉を通過して呼吸困難がまだなおっとらんちゅうのに・・・。殺したろうか―てめえ!。今何時だと思ってんだー!。

最近の営業手段心得、昼時に電話せよ!相手が一番フリーになっている時間帯である!のだそうだ。冗談じゃない。何がお得の話しか知らんが、てめえのおかげでこっちは大損害じゃー!ウナギ、弁償しろー!。

というわけで、人の迷惑顧みず、それがおいらの生きる道―!という世の中です!。寝ることと食べることを邪魔された思いは一生忘れない!ということを忘れんなよ!

犯罪の陰に・・・の続きの続き

世界中に蔓延する犯罪・争い・トラブル・悲劇などは、全て「愛」があれば解決する。愛とは、先ずはすべてを受け入れ相手の立場に立って考え行動する事である。   終わり

非を認めない小賢しい大人たち

その代表選手は情けないことに日本国を代表する重要な役目にある「安倍首相」でしょう。名前を「安倍心臓」に替えた方がいいんじゃないですか。言うまでもなくその取り巻きは、親分にならって嘘とごまかしにまみれた猿集団であります。与党も野党も皆同じ。まさに税金泥棒団である。とんでもない報酬を手に入れ、国民の苦しみなどはこれっぽっちも分からない。感覚麻痺のアホどもに国の行く末を任せておかざるを得ない程情けないことはない。

この国で大人になるということは、嘘つきになるということなんだよ!と学校で教えたらいい。子どもたち!「立派なうそつきになるんだよ」と・・・








犯罪の陰に潜むもの」の続き

子どもは親を選べない。どんな家庭環境に生まれてくるかなんて誰もわかんないわけで、裕福な家に祝福されて生まれてくる子もいれば、極貧で望まれないで生まれて来ちゃった子もいる。後者の場合は生後の人生も悲惨な状況の繰り返しとなり、それこそ「愛」などという物が存在しない環境で精神が曲がっていくのである。そんな中で強く立ち直っていく子もいるが、大方はまっとうな道から外れていくのであって、ある者は犯罪者となってしまうのである。

「犯罪」という事実だけを取り上げて、なぜそのようなことになったのかという「背景」を見過ごす、いや見ないようにする。幼いころから自分を理解して受け入れて愛してくれる環境がないとすると、人間としてのよりどころがないわけで、そのような子供がどうやって生きていけるのか、どのような成長過程を歩んでいくのか・・・。人間のみならず動物もあるいは植物にでさえも「愛」は必要なものであって、まして感情の生き物である人間にそういった人生の栄養が与えられないとしたら、まともに育つわけがない。

罪を憎んで 人を憎まず  人という生き物は決して勝手に生まれてきたわけでもなく、勝手に成長してきたわけでもなく、それぞれの人生の履歴には計り知れない何かを抱えているのである。犯罪者を決して擁護するつもりはないが、そういった犯罪者を生み出してしまった責任は、例えば「親」「環境」「人間関係」にも大いにあるわけで、これはみんなの問題でもある。おら、しらねー関係ねーでは済まされないのである。

私に何ができるのか?自分ももしかしたら、あの時犯罪を犯したかもしれない・・・と思うことが多々ある。それをどうやって回避してきたのか、いよいよ自伝的小説を完成させねばならぬ。もう10年もいい続けてきた小説化、今年中にやります。

犯罪の背景にあるもの

5歳の女の子が虐待で殺された悲惨な事件で涙が渇く暇もなく、今度は10歳の女の子そして女子大生ですか。父親が娘に暴力をふるって恫喝をして挙句の果てに殺してしまう。これはもう救いようのないことで、そんな奴は同じような目に合わせてなぶり殺しにするしかない。抵抗できない自分より弱い存在に対してしか手を挙げられない最低の男。誰も見ていない所で、どんだけ偉そうにふるまっていることか。どのツラ下げてこら!顔を見せろ!この腐れやろう!。

女子大生殺しは35の独身男とのこと。あの風貌を見た途端、アーこれはと思うことあり。チビ・デブ・ハゲの三拍子。子供のころから相当からかわれ、いじめられてきただろう予測がつく。思春期に悩み青年期に絶望する人生を送ってきたに違いない。愛の薄い家庭環境も想像がつく。そんな男が、ネットという得体のしれない武器を使って女を誘い出す。会ってみれば女は当然拒絶する。頭に血が上って男は短絡的に首を絞める・・・・ということではなかろうか。
殺された女子大生はもちろん気の毒としか言いようがない。が、殺してしまったこの男も気の毒なのである。

長くなりそうなので、続は明日・・・

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