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KYを超えのあなたへのラブレター

今日も楽しい音気楽セッション!。月に1度しかないわけで、みんなこの日がまちどおしい。夕方6時の開場で、律義なおじさんたち、時間ぴったり。しっかり席を確保して、楽器の準備も抜かりない。いつものようにホストの演奏皮切りに、出席順に始まる演奏。やがてメンバー集まって、7時を過ぎれば満席状態。ビールもすすみ売上順調。1番多いはsaxで、おじさんこれぞと吹きまくる。ピアノも人気、続いてギター。即席バンドも誕生し、これぞまさにセッションの醍醐味。3時間を超えるあたり漸く満足疲れもピーク。ちょいとのお休みいただいて、サー最後の仕上げとまいりましょう。全員参加のその曲は窓も震える大合奏。時計は10時を回ったよ。サーぼちぼちかたずけよー、引上げよー・・・と思ったその時に何やら入口に不穏な影!。「あーーーーきたーー・・・」。

それは再びやってきた。黒いケースをしょい込んで、左手には何やらレジ袋。おもむろに飛び込んでくるにやけ顔。そしてえねりぎーに満ち溢れた元気声。
「みなさーん!お待たせしましたー!」。誰も待ってない。もうみんな帰るの!。「エー、デモ僕一生懸命来たんですけどー!」。ずかずかずか・・・。

あーああ・・・それではせっかくお見えになったので一曲やってもらいましょうかねえーーーー・・・。「ハーイそれでは皆さんお待たせしました。やりますよー、きいてくーださい!」。ジャじゃじゃじゃーん。ひーひーひー・・・。疲れた耳をぶんなぐるような美?声。一生懸命が伝わってくる。漸く1曲終わった。はー・・・。えっ、続いて2曲目?。とうとう4曲やっちまいました。私、気絶寸前。

確かに曲もいい。歌詞もいい。なのに何が問題なのか・・・。ハッキリとは言いませんがその風貌?とその美声?に問題があるような感じ。ドラエモンに出てくるジャイアンとまでは言わないけれど、近いものがある。本人はまさに自我自讃の極致でありますから幸せの絶頂なのですよね。では聞かされて?いる方はどうか・・・。そこが問題です。普通であれば場の雰囲気で「ヤバい」「まずい」「お呼びでない」と感じるところではありますが、超越していらっしゃる彼には関係ありません。「すごい」の一言です。

私その「彼」をバカにしているのではありません。ひたすら感心しているのであります。認めるべきところは大いに認めさせていただいてるつもりです。色んな才能持ってらっしゃる。ただその表現方法に問題があるんだと思います。もったいないです。「丸出し」だと誤解されることって多いんです。それゆえ大人になっていく過程でいろいろなテクニックを身に着けていくんだと思います。幼児が裸で走り回っている。かわいいもんです。が、それを大人がやっちまうとかわいくない。それどころか醜い。捕まっちまいます。・・・・ということが分かんないだろうなー。ま、彼に限らず、みんな同じようなことをしでかしている。気がつく人もいれば全く気がつかない人もいる。どっちが幸せなんだろう。

天才は気がつかない人の代表みたいなもんで、それでも世間が許しているのはその才能が卓越したものだからである。怖いのはこの天才とバカが紙一重であるというところ。自分は天才だと思ってる人はバカで、バカだと思ってる人は実は天才なのである。

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セールセール、セーーール

何とかセールというのを年がら年じゅうやってますなー。ひどいのは「閉店セール」やってたと思ったら翌日「開店セール」。

先日、とあるショッピングモールを時間つぶしにふらついておりましたら、どこもかしこも**セール++セールのオンパレード。至る所に赤字の看板、ポップ。20%offなんて―のはかわいいもんで30,40、50、最高で80%off なんて―のがあった。愕然とするのは(驚くのはわたしくらいなもんで・・・)これから夏本番だというのに早々と「秋の新作特別セール」。この「特別」とか「限定」とかいう言い方ももう飽き飽き辟易。

買う方も慣れたもんで、立ち止まることもなく通り過ぎていく。よくよく考えてみたら必要ない・・・という判断能力が身についてきたせいか、ただ安いからと煽られて飛びつくことがなくなった感がある。もう数字のマジックでは消費者をだませない。

定価とか正価とかいう表現はもはや死語であり、世の中全体「定」とか「正」という評価が無意味になってしまった。昔は100円の物は100円の価値があった。常識的に製造原価がいくらで卸価がいくらで…ということが想像できたしほぼ間違いなかったはずだ。それで納得して物を消費していたはずだ。価格破壊が始まって相当な年数がたったが、今の状況はなんと表現したらいいのか?基準・基本があいまいで、それぞれの感性がその「元」となってしまったわけでまさに「私が法律」の時代になってしまった。何でも安ければいいのではない。成り立つための大原則というものがあり、その上に立っての社会であるはずが、自分が潤うために柵を乗り越えて踏み散らかす・・・と、やりたい放題。人間の醜い欲望丸出し。そこには恥も外聞もない。まさに「お尻丸出し」人間の世の中になってしまった。

そおいう私も、本日から「ピアノセール!」やってます。・・・・・


日本語は難しい

私、小学校4年の男子の父親でありまして、よくお孫さんですかと聞かれます。息子です!と答えると皆さん一応に「すみません」と言って下さるのですが、そう思われるのも無理ない。なんせ結婚2回目で、最初の結婚で娘が二人。長女の子供(私にとっては孫)が小学校5年なもんですから・・・。

ま、それはともかく、息子が宿題をもって帰る。やったものにまるつけをする。算数はまだ対応範囲なのですが国語がヤバい。「おくりがな」が分からん。あやふやで正解が分かりません。しょうがないからあんちょこを見てまるつけ。

NHKのTVで「鳩」が出てきて、それを一匹2匹と数えておった。えっ?鳩って鳥だから一羽二羽じゃろう?昔、タイガースというグループサウンズに「かはし かつみさん」というメンバーがいた。彼がハイトーンの美しい声で、確か「一羽のハトがとんでるー 真白いはとがー・・・」とうたっておった。一匹二匹じゃおかしいよ。ってんで調べてみたら、「匹」でもまんざら間違いでもなさそうな解説があった。更にウサギはどうなってんのか?こちらは当然一匹二匹でよさそうなものの、一羽二羽だってんだからなんのこっちゃ・・・です。よくよく調べるとどうしてそうなったのかみたいなことが偉そうに書いてある。
そんなことどうでもいいから、鳩は羽、ウサギは匹に統一せえや!めんどくさいのー・・・。本当に日本語・日本人はめんどくさいのー!

それとさー、イチゴは野菜なのか果物なのか?私は当然果物だと思ってたさ・・・正解は?誰か教えて!

ベターで

・・・がベストだと思いますとか、ベストを尽くしますあるいは尽くせ、とかベストセレクションとか、とにかく日本人はこの「ベスト」という言い方が好きやなー。ベストとは最高のとかもっとも良いという意味ですよね。最上・最善・全力という意味もある。

ベストを尽くしますというのは自分で言ってるわけですからいいんだと思います。可能な限り自分の持ってる力を出し切るということですから。が、ベストを尽くせ!という言い方はいかがなもんでしょう。人のことだと思って勝手なこと言うな!あんたに私の何が分かるってんだい!あんたは私かい!・・・と言いたくなる。痛みは他人には分からないのと同じで、今自分がどういう状態でいるのかなんて自分しかわからないわけで、そんなこと他人には分からないのだ。分からないくせに目をキラキラさせてお前はできる、ベストを尽くせ!ってあんたは簡単にいうんだよ。言われた方はどんだけプレッシャーになっていることか・・・。まさに言うは易し 行うは難し。

励ますということは難しいこっちゃなー。いいつもりで言ったことが逆効果になったりもする。どうしたらいいのか?。ベストじゃなくて「ベター」でいいんじゃないんでしょうか。昨日より今日、ほんの少しでも・・・という気持になれれば、言う方も言われる方も救われる。その方が力を出せるんじゃないでしょうか。ベストベストを求めすぎてきた日本人!ちょっと立ち止まって「ベター」でいきましょうー。

うちの教室の先生方、みんなこの「ベター」精神でレッスンしてます。それで皆さんしっかりうまくなってます。自分に「ベスト」を求めるのはいいけれど、相手に何かを求めるときは「ベター」で行きたいものです。



飾らざるを得ない生き物

自然は飾らない。というのは実は嘘で、動物も植物も其々工夫を凝らして飾っている。鳥類のオスが美しいのはメスの気を引こうとしているからであり、花々があらゆる色に咲き乱れるのは、昆虫をおびき寄せるためであるということだ。どちらも種の存続のそのために「飾る」事が必要になったわけで、人間の場合はというと?

主の存続のために女性は飾るのか?男をおびき寄せて種を搾取する!。人間も生き物の一種と考えると確かにそうなるのかもしれない。それこそ色とりどりに咲き乱れる女に昆虫のごとく男が群れ集まる。あるいは女を引き付けるために、男は筋肉を鍛え強さという美学を誇示するのかもしれない。

がしかし、動物や植物はそこまでである。種の存続が目的であってそれ以外の物はない。結果子孫が繁栄できれば彼らの飾る目的は終わるのである。さて、そこからが動植物と人間の違いが歴然としてくるわけで、人間のその飾るという目的は延々と永遠に続いていくのである。何のために?その答えは「自分のために」である。女も男も自分を飾らないと生きていけないのである。女は化粧と衣装で、男は見栄と肩書きで!

植物も動物も本来、飾らなくても美しい姿を神から与えられた。人間も元々は美しかったのかもしれない。しかしあまりにも心がよごれ、汚れきってそれを隠すことができなくなった。心の汚れが全部表面ににじみ出てしまった。その姿は醜く異臭まで放つようになった。それを隠すために人間は「飾る」のである。正体を見破られないようにますます飾るのである。本来の目的からおおきくはずれ、ますます飾るのである。化粧の上塗りのようでもはや救いようがない・・・。

アウトドアとは

梅雨がどこかへ行ってしまった。梅雨らしき記憶もない。今夏はまた水不足となり、干からびた貯水池が映し出され取水制限となるのであろうか。そんな中、いっつも腹立たしいのが、というか神経を疑いたくなるのが、バカな親父の「愛車の洗車」である。家の掃除やら何もせん奴が暇に任せて彼の「愛車」を洗う。ご丁寧になんとか洗剤みたいなものを買ってきて、専用の傷をつけない魔法の布かなんかで、いとしげに(奥さんにしてあげたこともないような優しさで)車を洗う。無駄な水を使わないでください!と毎日TVがわめいているのに、この種の親父にはその声は聞こえない。ちょっとあんた、この非常時に洗車しなければならない理由は何か?と聞くと、きょとんとして「オラがオラの水道でなにしたって構わんべ。水道代だってちゃんと払ってるっぺよ!」と言わんばかりの当然顔。そういう考え方が同年代として恥ずかしい。価値観がどこか狂っているとしか言いようがない。

前ふりが長くなりました。こう雨が少ないと元気が出てくるのが夏のレジャー産業。海だ山だプールだキャンプだ!。アウトドアショップにはキャンプ用品が所狭しと並び立つ。テント・タープ・折りたたみチェア・ハンモック・様々な照明器具・様々な調理器具・様々な寝具・・・。あーしてこーしてこうやって快適なアウトドアを!。売り場を見ていると年々ツールやグッズが増えて行く。便利便利、快適快適。

何処へ何しに行くんでしょ・・・。そもそもアウトドアなるものは何もないところから始まるわけで(そんなことわかってるわい!)その不備不便さの中でどうやって「生きて」行くかということが楽しいわけで。いろんな工夫をしながら十分とは言えない状況を逆に楽しむ。によって自然とふれあい話をし、一体となっていくことを感じ取る。子供にとってはかけがえのない体験となるのである。

売り場を歩いてみると、まさに「快適」グッズのオンパレード。ホテルなみの設備?テントも豪華で立派、寝具は羽根布団の寝心地、煙の出ない調理器、四方八方虫避け対策完備、簡単温水シャワーだとー?挙句の果てに、AC電源使えます!その気になって一揃えしようものなら、出発前に30万!。

場所選びのポイントは、近くて自然が豊かでトイレが水洗で風呂もしくはシャワーがあって・・・暑くなく寒くもなく、虫もいず、コンビニがあり、近くに温泉なんかもあったりして―・・・

やめとけー、やめたれー。現場でテントの大きさや食材の豊かさを競い合うような真似だけはやめてくれー・・・。

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