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美しくない者

スーパーにての「ほじくり」「放り投げ」・月謝の「財布払い」「お釣り要求」・レジの支払「お金の直置き」・女性ドライバーの「周囲無視」・老人の「わがまま勝手」・ファストフード店での「居座り」「過大要求」・感謝の言葉泣き「食卓」・無言で注文「不機嫌な客」・脱ぎ捨てられた「靴、スリッパ」・電車の中の「広げられた脚」・大人の明らかな「自己擁護」・・・等々きりがない。

最も美しくない、汚いと思う行為は、スマホの「ページめくり」であります。あの指先で「ほいっ」とはじく行為。なんか、自分に関係のないものは、即、おっぱじく。関係ねー、しらねー、いらねーっという声まで聞こえてきそう。とにかく、速い。有無を言わさず!

情報ならまだしも(忙しいんだもんねー!)、いずれ、人も瞬間的に選別されて、指先ではじかれちゃうんだろうなー・・・

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節度VS節操

「正しいと信ずる主義・主張を固く守って、変えないこと」=節操。と、辞書に書いてあります。阿部さん(安倍さん、でしたっけ?)とか、トラ・・さんとか、森友さんとか、はたまた金・・サンとかは、そういった意味合いからすると、節操がある、ということになるんですかね?

自分が正しいと信ずることって、必ずしも正しいわけではなく、おうおうにしてまちがってることのほうが多い。が、自分を信じる者のパワーは強靭・強大であって、周りを蹴ちらし、巻き込む力は計り知れない。周りはその勢いに乗せられて、やがて、その主義・主張があたかも自らの考え・行動であるかのような錯覚に陥るのである。

そうやって信じたものは者は、救われるのか?いや最近の状況を見ていると、結果は殆ど「救われない」。なぜならば、主導者の信念が途中で方向転換するからで、彼らは、「都合により」簡単に主義・主張を変えてしまうからである。

節度とは、「度を越さない、適当なほどあい」とあります。我々庶民は、この「節度」の中で、一生懸命生きているわけで、どうもお偉いさんとか、芸能人さんとかの辞書にはこの「節度」という文字はなさそうです。



ノー直!

直接、直に、ダイレクト、そのまま、むき出し、生で・・・など、言い方様々ではありますが、そういうことを望む反面、そういうことを拒否、拒絶する人も増えてますよね。人(特におっさん)が握ったおにぎりとか寿司は食えねえ・・・らしいです。回転寿司で機械が握った?物は大丈夫らしいんです。「手」=汚い!となっちゃうらしいんですけど、確かにいろんな物触るわけですから汚い。おまけに、手のひら汗かくじゃん。汚い。けど料理人はもちろん手を洗ってますし、調理中に汚いものは触らないし、なんですが・・・。そうは言っても、なんとなくわかる。だからと言って全面肯定というわけにはいかない。

最近、外食で気がついたというか、妙に気になることがあって、調理場なんかが見えると、みなさん手袋している。半透明の薄いヤツ。手術の先生がするようなっやつ。衛生的やなーと思う反面、なんか汚いもの扱っているようにも見える。こないだのイタリアンレストランなんか、サーブするウェイターさんまで手袋していたのには驚いた、というかものすごい違和感と嫌悪感。調理場の人は半透明で、ウェイターさんはなんとブルーの手袋だったよ。食欲が一気になくなった。それを、「衛生的ねー」って、まじで思ってる人もいるんだろうなー。

下世話な話で恐縮ですが、愛し合う時、なるべく肌とか粘膜が触れ合わないようにする?コンちゃんを使うのは当然のことで、キッスするときに「べろ」をラップで包む?なんてことが、若い人たちの間では、実際おこってることらしい?

確かにいろんな細菌や黴菌や病原菌が増えに増えている世の中で、無防備でいるわけにはいかないと思いますが、だからと言って、すべて隔離・遮断というのはいかがなものでしょうか・・・両極のみで歩み寄りがない。全てがそんな極端な世の中になっちまった感じ。イエスなのかノーなのか、判断は大事なことですけど、全てが割り切れるわけではない。但し、「どちらとも・・・」とか「どちらでも・・・」とかいう日本人独特の煮え切らなさは、NGです。


一日一褒め!

「褒めること」シテマスカ?してないでしょう。逆に「けなす」ことはたくさんしてますよね!特に夫婦関係なんか・・・

親が子を、先生が生徒を、上司が部下を、妻が亭主を、旦那がかみさんを、彼が彼女を、彼女が彼を・・・等々、昔は世の中そうなっていた。それで絶妙なバランスがとれていた。飼い主が犬を、鳥を、金魚を、花を・・・みーんな褒めていた。

外人さんは(まーた始まった、外人だと何でもいい方に解釈をするくせ・・・)最初に会ったとき、必ず、こんにちわー、お元気―?とあいさつする。そして何か「褒める」。今日のネクタイ素敵ねーとか、とても似合っているよ今日のドレスとか、顔色いいねーとか・・・どんな小さなことでも何か見つけて「褒める」。そこから、素敵な人間関係がスムースにスタートするってえわけですよ。

日本人は、これがない。挨拶すらろくすっぽしない人もいる。「あー」とか「うー」とか唸って、ましてや相手の顔なんか絶対見ない。褒めることが損するとでも言わんばかり。いやいや、褒めることにお金はかかりません。それどころか、あなたにとって良いことがたくさん返ってきますよ!

人に会ったら、どんなことでもいいから「一褒め」!。そこの素敵なあなた!やってみよー!



小坪という・・・

小坪という、本当に小さな漁港がありまして、知る人ぞ知る?鎌倉市です。その近辺のお客様から調律の依頼があり、約束の時間に余裕があり、昼ごはんもまだだった。ナビを見るとすぐにでも「海」だったので、10分ほど車を走らせると、着いちゃいました。ひなびた漁港。昼過ぎだったので、人がいない。もちろん漁もとっくに終わってます、という感じ。

何軒かある食べ物屋さんも本日休業のようで、ありました。一軒だけやってた。こぎれいなカフェみたいなお店なので、洋食屋さんかなと思ったら、表に出ている本日のおすすめ、「刺身定食」¥880。やったー!中に入ると意外や意外、お客さんたくさん。魚のメニューがずらり。ちょっと愛想のない女店員さん。

「いらっしゃいませ・・・2時までですけど・・・」「はい、けっこうですよ!刺身定食下さい」「本日のお刺身はカツオですけど・・・」「はい、けっこうですよ!」(内心、ここでとれたわけではないよなー・・・)

みなさんが召し上がっているものを、ちら見すると、おっ!中なかではないですかー。

あまり待たされることなく、きました。おー!なかなかなか!。カツオの刺身が分厚く5切れ!改装の味噌汁!たらこの煮物!切り干し大根!おしんこ!
その刺身が、けっこう素敵なおさらに盛ってありますが、さらし玉ねぎ・きざみしそ・三つ葉・刻みしょうがなどが鮮やかに刺身を囲んでおり、刺身の「紅」一層引き立てているのでありました。ちょっと外れた時間にもかかわらず、ご飯も炊きたて!。思わず、おかわりしちゃいました。

夢中で食して、目も口も胃袋も大満足。ほんとに¥880でいいんすかー?おかわりしたご飯代、とられるかな・・・いや、ただでした!

又、行くぞー!   教えてあげない!

完璧!

完全無欠とも言う。それを「目指す」ことはとても良いことだと思います。が、「求める」ことはよくないことだと思います。何がちがうんだって?

目指すのは、自分がすること。求めるのは相手にすること。今の世の中、この「求める」ことが多すぎる。なんか全ての事に対してこの「完璧」を求める。
教育・医療・交通・飲食・製造・販売・・・と、自分の生活に関わりのあること全てに、完璧を求める。どんな些細なことも見逃さない、そして許さない。まるでそれをすることが当然の権利のように、執拗に追及する。

目指す事を忘れ、求めることに執着する。それは当然の主張であり、正しい生き方だと胸を張る。もし、「胸を張る」ことが、あなたの人生の中に増えていくようだと、それは生き方が間違った方向へ進んでいるのだとおもったほうがいい。昔の「胸を張る」のとは違った張り方になってます。張るのではなくて、突き出している方のなんと多いことよ!

たまには、横から自分の姿を確認しましょ!

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