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あっち側とこっち側

正式に申し上げますと、「主観」と「客観」ということでしょうか。

主観中心の人が増えておりますなー。また辞書を引用させて頂きますけど、主観とは、物事をとらえる個人の心の働き、もしくは自分だけの見方。とあります。前者のような解釈だとよいのですが、どうも後者のような解釈=自分だけの、自分中心の見方、考え方になっている傾向がどんどん強まってきている。
更に、それを何が何でも押し通す。そうなると善悪なんか関係ない。通した方が勝ち!逆に譲歩した方が悪者にされたりする。インドだかあっちの方で、まだ男尊女卑がはなはだしい国で、無理やり結婚させれて強姦まがいにセックスを強要された女性が、身の危険を感じて夫を刺した。その女性は死刑の判決を受けた・・・という海外ニュースがありました。どう判断したらいいのでしょう・・・。

政治家は言うに及ばず、何らかの「権力」らしきものを持っている人は、それを振りかざして、何でもかんでも正当化しようとする。押し通すうちに正当化されてしまう。権力のない人たちは「権利」をやたら目ったら主張する。これもいい悪い関係なく主張、いや言い張る。そして結果的には押し通す。

車を運転していると、歩行者が邪魔くさい。歩いていると車がうっとうしい。やってあげている人とやってもらっている人との間に生ずる温度差なんてのがあっちゃこっちゃでトラブルの原因となる。あっち側にいるとこっち側が見えない、分からない。窓の外と内側では全く別世界となる。言い尽くされたことだが、相手の立場にならないと相手のことは分からない。客観的観察・思考が必要なのですが、最近の傾向は、相手の事なんか関係ない!のであります。主観ばかりで客観はないのであります。それほど忙しいんでしょうか?化粧品塗ったくるときだけではなく、一日一回、鏡に心も映してみましょうよ。

世の中、生きる道が全て「一方通行」になってしまうんだろうなー・・・

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アタックする人ばかり

アタックという言葉は、バレーボールでよく使われるので知らない人はいないと思いますけど。かつて女の子たちがみーんな見ていた「アタック№1」というアニメ。実は私も見ていました・・・泣きながら。
敵を粉砕するアタックは、セットしてくれる人がいるから成り立つんですよね。セッターが下手くそだったりアタッカーとの息が合わなかったりだと、素晴らしいアタックは生まれない。アタッカー以上に大事なポジションであるはずなのに、縁の下の力持ち・影の立役者であるが故、セッターにはなかなか目がいかない。
最近の世の中を相対的に見ていると、この「アタッカー」ばかりがやけに目だつし、評価されるし、うける。Vサインでイエーッ!となる。騎馬戦でいうところの「馬」はどうでもよくて「馬上のヤツ」だけがもてはやされる。いろんな場面でそういうことが発生する。陰の力があって、自分が成り立っていることを忘れる。バランスとかコンビネーションとかを無視しておいしいとこ取り!。

結局、オレガオレガ、わたしがわたしがと、言い張ったやつが得をするみたいな世の中になっちまったなー。TVの影響は怖い。番組のほとんどの登場人物がそんな傾向になっちゃている。国会中継など、見ていると気持ち悪くなるくらい。中継が子供が学校行ってる時間帯であるのが唯一の救いではある。いや、本当はあの醜い大人共の実態を見せるべきなのかもしれない・・・・・・・・・・・。

無音の・・・

何処へ行っても音・音・音・・・。無音の状況など今やどこにあるのやら。あ、あったあった。そうそう耳鼻科の聴力検査室ね。ありゃ―また極端で怖い、気持ち悪い、不気味、気が狂う。10分以上ノ在室無理。
4月の28日をもちまして私、66回目の誕生日を迎えることができました。だんだんこのように「迎えることができました」というような表現になっていくんでしょうね。家族(と言っても3人ですが)で高級レストランでディナーをいただきました。そのレストラン、5年ぶりくらいでしょうか・・・。よっぽどのことがない限り、行かない。やっぱ、雰囲気いいよねー。息子は2歳か3歳くらいだったので、ほとんど記憶にない。建物も凝っていて、庭園がまたすごい。今年、二週間程早く、バラが満開になりましたと、お店の人。アリスの国に来ちゃったみたいな雰囲気。庭園を眺めているだけでも満足!でもないか・・・。オープン感覚の個室に案内されて、全てがハイグレード。目の前には美しいステンレス鉄板の調理台。其々の席にそれぞれのコックさんがついて、お好みでステーキを焼いてくれる。現実離れした雰囲気が随所に嫌味なく演出されていて、空間も充分堪能できる。しばらくすると向かいの3人の客が食事を終え引き上げていく。すると今まで聞こえなかった色々な音が聞こえてくる。鉄板の上のステーキが焼ける音・食器とナイフが重なり合う音・グラスが触れ合って奏でる透明感のある音・庭の木々のざわめき・遠くから響いてくる客たちの歓談・・・など。
なぜか?しばらくして店内にBGMがないことに気がつく。廊下に敷き詰められた絨毯の上を歩くウェイトレスの軽やかな靴音までも心地よく聞こえてくる。

今やどこへ行っても、必ずというほどこのBGMが流れていて、しかも場違いなジャンルの音楽が、ただただ流しっぱなしになっている。何でここでバッハ?なんでここでロック?うるさいなー、耳触りやなー・・・もちっと小さくしてくれまへんか・・・。確かにBGM効果というのはある。パチンコ屋の軍艦マーチなどが代表的な例ですかね。不要なものなのではないが、邪魔になるようでは困る。寿司職人が香水をつけているようなことだとまずいわけです。それほど音、音楽の影響は大きい。イメージも変わるしそれが先入観となって正しい判断ができなくなったりする。

そのレストランは、BGMがないことによってそれが素晴らしい効果をもたらすことになっているのでありました。このゴールデンウェーク中に一時でいいですから、「無音」の時間に浸ってみたらいかがでしょう。まず、TVを消してスマホをオフしましょ!

ドラえもん

ドラエモン?どらえもん?ドラエモン?どれだもん?・・・。マーとにかく便利な道具をたくさん持っていて、あんなものあったらいいよなーって、息子といつも言っております。特にどこでもドアーとかいいよね。その他、だいたい思い通りになる道具がポケットからいとも簡単に出てくるんですけど、必ずデメリットがあって、痛い目にあったりするのが「おち」、でなければねっ!
またまた出ました「昔は」シリーズ。(昔は良かった。)最近は「何でもかんでも自分に合わせてくれるのが当たり前だ!」傾向がどんどん強くなって、モノの在り方、人の接し方、挙句の果てに時間の経過まで全部自分に合わせようとする。そして、誰かがそのむちゃくちゃな要求に応えようとする。応えてしまう。
オレの欲しいもんはこゥいう形でこういう色で・・・あんたにしてもらいたい応対はこういうことでこう言ってほしいわけで・・・私のベストな時間はこういう時間帯でそれに合わせてほしいわけで・・・。全てが自己優先。自分尊重。人の都合、世の中の流れ、はたまた地球の状態なんか関係ない。まさに「どこでもドアー」なんです。思いどうりにならんと気が済まない。赤ちゃん状態です。いや赤ちゃんは純粋だから許せるけど、不純の塊でいらっしゃるアホな大人がそれをやることは許されない。しかし残念ながら「金」の力には勝てず、「欲」の塊のやつらがそういう欲求に応えたりする。更にエスカレートしていく。

結局人間という生き物は、「欲」のために生きているのであって、その「欲」から解き放たれることはないのでしょう。恐らく死後も。
昔は自分がいろいろな物やら事に合わせて生きていた。与えられた中で折り合いをつけていたわけで、それ以上のわがままは言わなかった。子供は大人用の黒い自転車に三角乗りしていたんです。遠足と病気の時しかバナナは食べられなかったんです。我慢することからいろいろ工夫もし学びながら成長したんです。
大韓航空のあの最高に醜い、最低な姉妹とその母親。現代の象徴だなー!あなたの中にもあの醜い心が潜んでいるんですよ!

見切り・引きぎわ・往生ぎわ

昔の人、特に男は偉かった、立派だった。また昔かよ・・・と言われるの覚悟。いつのころまでかなー。イメージとしていつも浮かぶのが「三船敏郎」。あのおっさんが活躍していた時代。「男はだまって サッポロ・・・」とか、かっこ良かったなー。あのころのかっこいいとされていた男って、皆この、引きぎわがよく、見事な往生ぎわであった。商売人も粋な方が多く、見切りがよかった。最近の大人、特にお偉い男たちのズルズル・ぬめぬめした態度や行いはなんじゃらホイ!駄々をこねて押し通す。まるで3歳児、それ以下。あいつらの母親の教育がよっぽど悪かったんだろうなー。ぼくちゃんはいいのよー、わるくないのよー、ママが何とかしてあげるから、あなたはズルして偉くなりなさいねーってか!女も女、ちょっとしたことですぐセクハラ―、セクハラ―!何とか大臣の失言じゃないけど、誰がお前なんかに・・・という女に限って騒ぎ立てる。TOKIOのYさんカワイそー。世の中からセクハラがなくなったらどうなるんだい!大体セクハラの意味分かって使ってんだろうな?セクシャルハラスメント=性的嫌がらせという意味なんだよ!確かに「嫌がらせ」はいかん。が、性的なニュアアンスでじゃれるというのはどうだ。それこそ男と女が存在する意義、大人としての意味があるんでしょっ!勘違いすんなよ馬鹿女。バカに限って騒ぐんだ。未熟の極み。大人とは言えないなー。幼稚だなー。みりょくないなー。父親の男としての存在感の欠如のせいだろうな!
どっちにしても、今の大人社会に学ぶべきことは少ない。反面教師として「やってはいけない、なってはいけない」ことを学んでほしい。いや子供たちは、もう分かっていると思う。恥ずかしい大人たちよ、長生きすることに躍起になっていないで、人生の引きぎわ・往生ぎわをどうするのか、今でしょ!あんたらが締めくくりでやらねばならぬことは!いつまでのさばったら気がすむんじゃい。姥捨て山でも復活させるか・・・

サギとウソの世の中

騒然としている、「もりとも・かけい」事件を「もりかけ」とはよくいったもんだ。最近世の中にはやる生きものは、サギとウソであります。
サギとは鶴ににてそれより背の低い頭に冠のような毛がある鳥類。ウソ(かわうそ)とはイタチに似て黒く水に潜って魚を取る動物。どちらも人に害を加えることなく、サギなどは美しく、ウソなどはカワイらしくもある。
そんな彼らに大変失礼ながら、語呂がいいので使わせて頂いた。もちろんサギは「詐欺師」であって、ウソは「嘘つき」である。そんな輩ばかりが大手を振って闊歩する現代社会。嘘をついたり人をだましてはいけません!と、何べん怒られたことでしょう。人として絶対にしてはいけないこの二つのお約束事!みんな忘れっちゃったんだよねー。もはや人間じゃないあいつら!

いい年こいたおっさんたち、おばさんたち!どのツラ下げて子どもたちの前に出られますか?大人を見て子供は成長する。子供たちはみんなあんたがたの本質を見抜いていますよ!恥を知れ―!ったって、その分厚い面の皮と何も感じないその愚鈍な神経では無理ですなー!

キレイなお洋服着て、かっこいい車に乗っかって、えらそうな口きいて、ふんぞり返って、見下して・・・あんたは別格何ですか?まさに「あんたが法律」。なんで国会議員が都知事が、黒塗りの高級車なんかのお出迎えがあるのか?あんたらの何が偉いのか?じぶんを何様だと思っているのか?この税金泥棒が!

結局日本って又、例のなあなまあまあで終わってしまうんですよね!野党も根性ないし、政治の世界もやはり「出来レース」なのか・・・反対も批判も結局パフォーマンスなのかもしれない。バカを見るのは結局国民。その中でもいわゆる「平民」がバカを見る。

極め付け!お前ら、どんなパンツ履いているのか、見せてみろ!エロイか汚いかどちらかに違いない!・・・相当、ひがんで興奮しておりまっす、私・・・

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