旧・音気楽ブログ

ひでー世の中になったもんだ

人間が引き起こす様々な悪が蔓延し、国内も世界もありとあらゆる問題が起こり、救いようのない世紀末状態になりつつある。そこでしたり顔で「ひでー世の中に・・・」となるわけですが、振り返ってみればどんな時代だってひでー状態だったわけで、ちょっと前の戦中戦後なんて―のはもっともひでー状態であった事は否定できない。歴史をさかのぼってみると、其々の時代にそれぞれのひでーことがあったわけで何も今の時代だけがひでーわけではない。それを例の「昔はよかった」感覚で現代を批判して先を憂慮する。身近な所で言うと、おっさんたちが自分たちの育った昭和の良いことばかりを懐かしんで、あのころが最高で、今は最悪みたいな言い方をする。実は私もその一人であったのだが、よくよく考えてみるとそういった感覚はその時代の人の感覚であって、それこそ時代は流れていくのであるから、スマホの「指とばし」?のように時代のシチュエイションが変わっていくのは当然なのである。それについていけない、認めたくない思いが現代を否定するのだ。そうしないと生きていけないのだ。否定することが唯一自分を肯定することになる。

いつまでも子どもだと思っていた息子に何かを否定され、意見されたりする。それをなkなか認めようとはしない。「黙れ」とか「お前に何が分かる」とか言って突っぱねたりする。何かその感覚によく似ている。分かっちゃいるけど認めたくない。認める・受け入れることが自分を否定するように思えるからだ。認めるということの難しさを感じる今日この頃、もちっと柔軟に素直にならなくちゃいかんなーと思う。、心身ともに固くなっていくそういう年齢になりました。