HOME > 音気楽ブログ > 社長ブログ > あの渋滞はなぜ?

音気楽ブログ

< 4日の野毛JUNKライブレポ  |  一覧へ戻る  |  秋ってさびしい >

あの渋滞はなぜ?

毎日のように移動手段は車であります。電車に乗るのはおそらく年に2~3回。あちゃこちゃで必ず渋滞しています。原因は様々で、事故が圧倒的に多いですかね。雨の日なんか必ずどっかでやってる。そして首都高速などに多いのが故障車による渋滞。一車線が塞がれて交通量が多いのであっという間に3キロも4キロも渋滞が伸びる。環状線などでトラブルが発生するとすべての路線に影響する。故障?今の車はとてもよくできていて、そうそう故障などしない。道路も整備されていてパンクもない。するとなんなんだ?。ガス欠である。気が付かないのかまだ大丈夫だと思っているのか、ガス欠で車が走行不能になる。これって誰のせいよ。100%ドライバーの責任。あるいは電力切れ。オーディオガンガン、TVがんがん,、エアコンがんがん、スマホの充電、余計なライトの点灯、でんきを食うアクセサリー満載、やたらブレーキ踏みまくり・・・。さらにエンジンオートストップ機能?とやらでバッテリーが悲鳴を上げ、挙句の果てに供給オーバーになってダウン。二度とエンジンかからない。なんで?って最近のドライバーは気が付かない。これって欠陥車じゃねーのーとか思っている。
土日・祝日に多いのがホームセンター駐車場入り口渋滞。このご時世特にこの渋滞が増えた。そして最悪はマック渋滞である。10台15台なんてまだいいほうで、20,30台の車が一車線を長々とふさぐ。なんで渋滞してんだか分んないで「けつ」についたりすると、相当にバカを見る。ふざけんじゃねえよ!おら、マックなんかに用はねえや!もう救いようのないほど渋滞が広がっていく。てめえら何してやがんでえ!ドライブスルーでハンバーガー買うんだろうがなんでマックなんだよ。大体並んでいやがる車種を見るとワンボックスが圧倒的に多い。年齢層はほぼ20代から30代の前半。夫婦に子供二人。後ろの座席では子供が飛んだり跳ねたりしている。順番が来るまでこんな様子だと20分30分は待つんだろうなあ。くそくらえ!なんでそうやってヤングファミリーは休みの昼めしがマックなんだよ。そんなにうまいのか、なんかもらえるのか・・・おそらく子供がいうんだろうなあ、お昼はマックがいいい!すると奥さんが、あなたあー、マックにしましょ!旦那はおそらくあまり乗り気ではないんだろうなあ。
ま、そんなことはどうでもいい。良くないのは、てめえらのおかげでこっぴどく道路が混んで、関係ないわしらが大いに迷惑してるってことだよ。お前らのマックのために、なんでわしらが時間のロスをせねばならんのだ!やい!マクドナルド!この現状を何とかしろ。お前らの商売のために道路があるんじゃねえぞ!そういえば、こないだ環八に面したマックでとんでもない渋滞が起こって、パトカーが出動する騒ぎになったっけ。なんか現代日本の表面的な繁栄と貧困を一度に見た思いである。情けねええええ・・・マックにはいかないと誓うのであった。

カテゴリ:

< 4日の野毛JUNKライブレポ  |  一覧へ戻る  |  秋ってさびしい >

同じカテゴリの記事

時間よ、とまれ!

時は流れる。いつまでもどこまでも。今はもはや今ではない。あっという間に昨日は過ぎ去り、今日も終わりを迎える。すかさず明日になる。それの繰り返しでこの流れはエンドレスなのである。何を当たり前のこといっちょんだって?そう、流れに乗っている者にはわからない。終点のない電車に漫然と乗っているようなもので、自らの意思ではなく場所と時間が必然的に流れていくのである。(そういった意味もあって私は電車が嫌いなのである)
流されている者はどうかというと、この流れに対してかなりの認識を持っているのである。実は流れがよく見えていてあるいは感じていて、そうしたくないのにそうなってしまっていることを自覚しているわけで、ただ乗っかっている者に比べたら、はるかに救いようがある。つまり乗っている者は救いようがないのである。
流れに逆らっている者こそが物事を客観的に判断ができる状況にあるわけで、少なくとも一旦止まる(流れから出る)ことが大事なのである。乗っている以上は、それはどこまでも止まることはないし、とまらなければ適正に判断するチャンスも失うのである。現代人はこの流れ、激流に乗っかって何もかも見えなくなっている。すぐにも今起こったことを忘れていくのである。次々変化していく景色に、とにかく遅れまい、逃すまいとして応対し忘れさる。そこには何も残らないのである。
総裁選を迎えて、やはり安倍さんがよかったなどという世迷言が聞こえてくる。さんざんに問題を起こし、何も明確にしてこなかった安倍さんの悪行も、もう忘れ去られている。時の流れにただ乗っかっていればそういうことになるのであろう。ここらで一旦流れから降りてみませんか。真実が見えなくなって久しいあなた!誰の、なんのために流れに乗っかっているのか、そのほうが楽ちんだからですかね!やがては本当に大切なものを失うのである。!そうなってからは時すでに遅し!

時の流れに・・・

今や言うまでもなく「コロナ」がベースとなった「時」が流れている。その流れにうまく乗って、いわゆる折り合いをつけながら生活を維持していくのがベストであるといわれて久しい。気を付けたいのが、流されてはいけないということで、その流れを見極めて乗っていかなければとんでもないところへ流れつくことになる。その流れを悪用する輩もたくさん出現してきて、新たな詐欺事件も多発している。
常に流れに逆らって生きてきた私からすると、流れに乗ることに不信感と恐怖すら覚えるのである。一昔前は、私も若かったし幼かったので、世の中というものを真正面からしか見ることしかできず、「清く正しく美しく」生きていれば幸せになれると信じていた。若さとバカさでそう思い込んでいたのではあるが、ようやくこの年になって世の中に「裏」があることを知り、その裏の力が世の中の流れの「あらかた」を操作していることに気が付いたのである。したがって、どんなに抵抗しても変わらないものは変わらないのである。で、この流れにうまく乗っていくことを考えればいいようなものの、それができない。流れに竿を刺す。流されないように踏ん張る。流されても何かにしがみつく。疲れる・・・の繰り返し。だが、そんな無駄にも思える行為も続けていると川底に足が届いたりして、踏ん張る足場ができたりもする。
やはり、流れに逆らって生きていくしかないので、まさに継続は力なりの精神で踏ん張っていきたいと考えます。するとやがてそこから何らかの糸口が見えてくるものではある。とはいうものの、たまには「時の流れに身をまかせ――」と、のんびりしてみたい!

いんだけどー

なんのこっちゃ?いいんだけどー、もっとわかりやすく言うと「それはそれでよいと思うのですが―」ということです。いろいろな場所でいろいろな人々とお話ししていると、必ずこのようにのたまう方がいらっしゃる。さんざん人に意見や考え方を述べさせておいてそろそろ結論かなというときに、最後にこうのたまう。じゃ何なんだよ、反対意見ならさっさと言えよ!もっと早く言えよ!。こういう人最後まで黙っている。うんうんみたいな顔したり、まったく興味ないみたいな態度とったりして、最後にひっくり返す。話の過程を無視、振出しに戻す。またそこから始めなければならず、話し合いが一向に進まないんです、こういう人がいると・・・。どうも世の中の様々なことがスムースに解決しないのは、こういう人種のせいなんですね!あなたはどうですか?私は、どうでしょう・・・。お気付きになられた方はどうぞご指摘ください。

3密ならぬ3ミス

3密!。もう耳タコですね。言ってる人も言い飽きた感があるが、仕方ないんですこればっかりは。当たり前のことと、大原則として受け入れるしかない。だんだん慣れてくるとこれがぼけていい加減になる。「まあ大丈夫じゃない?」という慢心。「自分が正しい」という思い込み。そして最も怖いのが「もうどうでもいいや」という放心であります。慣れてくるとこの三つのミスを犯しやすくなる。やはりここで初心に帰って、「三密」を避ける思い、行動を再確認いたしましょう。

人材とは?

「人材にお困りではないですか?」などという☎がしょっちゅうかかってくる。うちは音楽教室やってて、先生が13人来てくださっております。ピアノに始まりサックス、クラリネット、ギター、ベース、トランペット、ボーカル、バイオリン・・・・・ないものはない!。「御社のHPを拝見いたしまして、講師の方とか人材におこまりではないでしょうかあ?」という営業のでんわ。うるっさいわい。そもそも人に対して「材」という表現はなんとや!本当は「財」なのだ―――。というわけで、うちの先生方はうちにとっては財産です。労使の関係ではありません。集めさせていただいた生徒さんを、それぞれにご担当いただく。それぞれにご管理いただいて、うちはレッスン室を提供させていただくという全く対等の関係です。
今や人が人を「使う」なんてえ時代ではありません。ズバリ「契約」です。欧米的に言うところの「契約」です。そうすることによって、お互いに自覚を持ち強い責任感が生まれる。やっただけギャラになるのですから頑張ります。それが正しい人間関係だと思います。魚を取る人、売る人、買う人、みんな対等なんです。誰が偉いんじゃないんです。そもそもの人間関係はそうだったはずなのに、なんか知らんが上下関係やら強弱関係やら優劣関係やらが出来上がって、とんでもないことになっている。したがって、よい人材なんていう考え方がそもそもおかしい。自分の言うことを聞いて思い道理に働いてくれる人が欲しいんでしょ。そんなの勝手すぎる。誰が人(他人)のために命懸けで働くもんかい。もはや昭和でもなければ平成でもない。みんな自分のために生きていこうと必死なんだ。子飼いの社員?くそくらえ!会社が守ってくれる時代は終わったんだ!人を当てにして自分がいい思いをしようたってそうはいかんぜよ。いい加減「人を雇う」なんてえ感覚から脱却しないと、あんた、生きていけなくなるよ。人はあんたのためにいるんじゃない!人は材料ではない!

このページのトップへ