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鏡に映るもの

その時の心理状態によって、鏡に映るものが変わる。同じ「顔」を映しているはずなのに、その都度見え方が変わる。ある時はハンサム(今はイケメンというのだった)で若々しいのに、今日は顔色が悪い病人のような自分がそこにいたりする。表情とは心がそのまま表れるもので、写真同様、真実が現れる。怖い。どんなに取り繕っても真実は曲がらない。

それにしても最近、そこに映った自分の真実にがっかりすることが増えた。もちょっと若かったころは、例えば「疲れ気味だなー」とか「エネルギッシュだな!」とか「明るいいい表情」とか「ちょっと暗い落ち込んだ感じ」とかいろいろあって、しかしそれらはある一定の基準を超えてのことであって、つまり自分はまだまだ若くって、齢を感じるなんてことはない中でのことだったはずだ。ところが、最近はその「齢」を感じさせる変化にそこはかとなく気付かされるのである。女性が真っ先に悩む、しわ・くすみ・たるみが男の私にもやたら気になるのである。情けないことだが、鏡の中の自分を見て、真っ先にそういうことが気になる。

これが老化ということなのだろう。つまんだり引っ張ったりふくらませたりしたって、一瞬の効果しかない。何か女性の心理が理解できてきた感がある。チーーーーーん!

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突き刺さる!

音・言葉・味・光線・視線?何でもかんでも突き刺さる今日この頃。そういう刺激を現代人が求めている?というか、刺激がないと反応しなくなってきているには確かだ。それはどんどんエスカレートしていくわけで、次から次へとレベルアップした刺激が襲ってくる。車で移動することがほとんどで、特に感じるのが車のヘッドライト。突き刺さる光線。昔のヘッドライトには優しさがあった。特に冬の寒い日の夕方など、ヘッドライトが点灯するとなんかほっとするような温かさがあった。今の車、ほとんどがLEDの超強力直線型ライト。対向車から放たれる光、いや光線はまさに殺人的。目を直撃してくる。従って何も見えなくなる。思わずブレーキに足がかかる。一瞬どころかしばらく前方が見えない。人が飛び出しでもしたら・・・・。

陸運局は何をやっているのか?。実際にちゃんとした検証をしているのか?。照らす側からの性能だけを検査しているのではないのか?どの範囲にどこまで光が届くかということだけの検査に違いない。老化した目には特に厳しく、夜間の運転が怖い。事故を引き起こす大きな要因になっていると思う。そういえば電柱に取り付けられた灯もLEDになってしまった。冷たい。何も語りかけてこない。傘をかぶった電球の光が懐かしい。家路を急ぐ子供や女性に、あるいは疲れ切った勤め人にやさしく語りかけ見守ってくれたあの優しい光が懐かしい。ロマンがあった。

食べものも、人の言葉も優しさがなくなって、人は何に癒されるのだろう・・・。私の思う癒しなどいらないのかもしれない。疲れた・・・・



アンチエイジング

塗ったり、飲んだり、踊ったり・・・・と、若く見せるためにお忙しいあなた!。誰のために何のためにそんなに一生懸命「若帰り」に執着するのか?そもそも若帰りとは何ぞや。皮膚の張りが戻った、髪にボリュームが出た、お腹がひっこんだ、目じりが上がった、背筋が伸びた・・・・。何か10歳も若く見られちゃったあああああ!
何とかサプリやら何とかクリームやら何とか教室やらに相当な出費をし、一時的にでも効果があると飛び上がって喜ぶ。他人から褒められるともう天にも上ったような気になる。逆に気がつかれない(特に旦那)と、目を吊り上げて怒りまくる。で、確かにしわが減りつやが出て張りが出て、部分的にはこうかがあったように見受けられるが、所詮「元」がいかれちまっているわけなので、なんか年代物の建物の、例えばドアだけ新品にした、窓枠だけ塗り替えたみたいな感じで、アンバランスもいいとこ。満足している方々は、おそらく部分的にしかみえていないんんだろうなあ・・・。

「老化」という表現が受け入れられないのは分かる。それならば、「齢を重ねた重み・厚み」ということならばいいでしょう?醜くたるんだ皮膚や出っ張ったお腹などはその人の生き様がそのまんま出ているわけで、それがあなたの人生なんです。しっかりきちんと生きてきた人は、たるまないし出っ張らない。

老化にこだわる人は鏡に映った醜い変化を嘆く前に、もう一度自分の生き様を検証してみたらいい。怠慢な生き方が鏡の中に映るのである。今からでも遅くないから、もう一度自分の生き様を振り返ってみたらいい。反省し改めることにより、それこそが「アンチエイジング」に一番有効な方法であることに気がつくはずである。外側だけを取り繕う無駄な抵抗はやめにしようではあーりませんか!

ダイレクト

思う・想うことは実現するかもしれないし、しないかもしれない。しかしそうすることはとても大事なことで、何でもかんでも言葉で伝えたり力で伝えたりすることが良いわけではない。、思いが通ずるということになることがあって、**の一念岩をも砕く、ということになる。
その想いとか思いが、あまり大事にされない傾向が強くなってきている。なんでも言う、何でもやる。即結果を求める。食べ物もどんどん刺激の強い味付けになってきて、一口目のインパクトが勝負!みたいな感じ。そこはかとなく・・・なんて―のは完全無視。分からないし分かろうともしない。言葉遣いもダイレクトに伝わればいいのであって、「ばか」とか「死ね」などと救いようのない表現ばっかり。優しさも暖かさもなにもない。以前にも書いたが、車のLEDヘッドライト、ただただ眩しいだけで、浴びせられる方は目がくらんで何も見えなくなる。「照射」という表現がふさわしい。

せめて音楽の世界だけはと思ってみても、アコースティックサウンドは敬遠され、エレクトリックがもてはやされていく。アコースティックピアノも、今求められているのは、音質じゃなくて音量なんだと。いかにでかい音で鳴り響くか!

白か黒か、右か左か、上か下か・・・はっきりさせなくてはいけない所があやふやで、中間も大いにありな世界が線引きされていく。人間として生きていく意味が意義が、どんどん失われていく。


外見

外見でその中身を判断してしまう。私しょっちゅうそれで失敗してます。道路を走っておりますと色んな車種の車がたんまり走っておりまして、例えば「ベンツ」「BMW」ましてや「ポルシェ」「フェラーリ」なんかを見るにつけ、あー金持ち、アー怖いおっさんと、即固定観念を持ってしまいます。逆に軽自動車なんかが後ろから迫ってきても何とも思わん。他、ダンプを見ると・・・大型トラックを見ると・・・改造車を見ると・・・バスを見ると・・・。乗り物によって中身の運転してる人まで勝手に想像してしまうんです。ところが、信号待ちなんかで横にならだりしてそこはかとなく横を伺うと、想像してたんと違う。ダンプが、改造車が横断歩道の手前でちゃんと止まってあげていたりしているのを何回も見たし。
コンビニの駐車場に、ごっついベンツが入ってきた。ドアが開いた。降りてきた、サングラスの怖そうな兄ちゃん。じゃなくて、モンペはいた大おばちゃん!
すんごいちっちゃな軽自動車から、すんごい幅の黒人のおっさんんが出てきたり、もう外側からの想像は全く当てにならん。

人間を包んでいる服装なんかも同じことが言えるなー。ブランドもので固めた姉ちゃんが老人にさっと席譲ったり、地味な服装の人のよさそうなおっさんがちかんだったり・・・・。

外見で判断したらいかんということなのかもしれんが、逆に内面が外見に現れるということだってあるよなー。少なくとも人に不快感を与えるかっこだけはしたくない。どんなのが不快感を与えるのか、個性との狭間が難しい。最低不潔でないこと・・・ですかね。

こんなに長生きしてても、未だ外見に惑わされている愚かな私です。それより、私は外見からするとどのように思われているんでしょうね?結構変です。


挨拶並びに返事

それにしても挨拶しねえなー。学校の関係の交通安全の一環として、登校時の通学路に立って子供たちの安全を見守っております。元気な子もいればだらだら歩きの子もいれば、疲れ切ったような子もいます。10人中きちんと挨拶「おはようございます」が言える子は2~3人。低学年の子の方がちゃんとしてるかな。学年が進むにしたがってこれがなくなっていく。そっぽ向いたり声が極端に小さかったり、無言だったり。こちらからかなり大きな声で「お・は・よ・う」と先に挨拶をする。微笑みかけることも忘れない。私、PTAの会長になってから相当顔が売れており、子供たちの認知度は抜群のはず。以前は変なおじさんに声かけられて「無視」みたいなことがあったしそれもいたしかたないかと、思っていたけど。何かため息でるなーーーー。

その道、当然出勤の大人も通る。ついでに声かけてあげるんだけど、これがもっとひどい。返事なんかまず帰ってこない。私の立っている地点を遠巻きにして避けて行ったり、完全に横もしくは下向いて急ぎ足で過ぎていく。うわーーー。いつからこんなことになった。どこで災難に会うか分からん時代だから警戒しなくてはいけないんだよね。下手に口きくとなにされるか分かんない。何か付け込まれるんじゃないか。怪しい奴には近ずかない。「君子 危うきに 近寄らず」という名言があるが、ちょっと解釈違うけど、そういうことなのでしょうかね。
返事に関しても「はい」がない。あー、はー、うん、ええ、はまだいい方で最悪無言。首だけ振ったり、もっとひどいのはOKなのに首かしげたり。腹立つのは「さあーーー」という返事。さあーー何なんだよ!。

ネットの世の中になって、ますますこういった現象が加速していく。もうどうにも止まらないんだけど、せめて朝の朝一番の「おはようございます」だけは言おう。そうすっと、その一言だけで80%人間関係OKになるんです。そのあとの一日がうまくいくんです。せめて、せめて家の中では言ってみよう。子供たちに言ってるのではなく、あんたに言ってんだよ。挨拶も返事もちゃんとできないあんた、そこの親父!世の中が悪くなっていくのはみんなそういう親父のせいなんだよ!

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