旧・音気楽ブログ

50%・50%

日本語で言うと「持ちつ持たれつ」ということでしょうか。アメリカ圏ではこの50%50%gがあたりまえ・・であったように思う。現地のスーパーなどで買い物をすると、レジでこちらが商品を一生懸命?流し、レジ係りが計算したものをどんどん送り出して、「袋はいるのか?」と無表情で言い放つ。客は金を払ってさっさと(自前の袋を持参する人多い)買ったものを詰め込んで立ち去る。「ありがとうございました」の一言もない。サンキュー・ユーアーウェルカムというやりとりがときたま聞こえてくるとほっとしたりする。彼らにとっては売り手と買い手は対等なのである。よくよく考えてみればそれは当然のことで、売り手がいなけりゃ買い手は成り立たないし、買い手がいなけりゃ売り手はなすすべがない。よって両者が同等なのである。それが大いに違っているのがわが日本である。売り手は妙に成り下がって平身低頭。買い手は神様のようにふんぞり返る。売り手はどんなことをしてもどんなに成り下がっても買ってもらえればいいのであって、所詮儲かればなんだっていいのである。下を向いて舌を出す・・・とはよくいったもんで、「ありがとうございます」と心から言っているわけではない。ありがたいのは買ってくれたことによって懐に入る「金」だけである。慇懃無礼という言葉があるが、おそらく欧米人には理解できない言葉ではないのだろうか。

いやいやあんた何言ってんの、王様と執事・金持ちと召使いみたいな関係なんか欧米にいっぱいあるじゃんか!あれを慇懃無礼と言わないでか?

ハイ、その通り。むしろ上下関係やら主従関係なんかは外国の方がハッキリしているようにも思われます。立場の違いはどうにもならないことの方が多くて、貧乏人はもちろん王様にはなれない。金持ちにも慣れない。が、立場とはあくまでも立場で、その立場が偉いのであって、その立場にいる人が偉いのではない。人はみな平等です。人でいることは平等なんです。社長という立場が偉いのであって、社長である人が偉いのではない。レクサスやベンツがかっこいいのであって、それに乗っている人がかっこいいのではない。上の人も下の人も主の人も従の人もそれぞれの立場に「誇り」を持っている。それが欧米の在り方です。従って、彼らは立場を取り除くとみんな平等という感覚を当たり前に持っています。
にっぽんじんは(中国人・韓国人なんかも)そこんとこ勘違いして、肩書きや持っている物やお金やあるいは容姿等でふんぞり返る。自分が偉いと思い込む。そして傍若無人な振る舞いに至る。そういう事が世の中のバランスを崩していく。

人間は、みな平等です。あなたが本当の意味での「人間」であればの話ですがね・・・