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もはや・・・

「常識」なる言葉が、死語になりつつある、というか常識そのものの定義があやふや、でたらめ、わがまま勝手になってしまったため、つまりそれぞれがそれぞれの尺度(定規)で物事を測る。ということは、何かを判断する基準がなくなってしまったということである。平たく言うと、何でもあり―みたいな感じ。

「良識」という言い方があるが、もはやそれに頼るしかない。良識とは「健全な判断力」とありますが、その「健全」という言葉の解釈にまで言及すると、もう何も先へ進むことができないので、そこは皆さんの「良識」にお任せします。常識とは、**%以上の相対的考え方であり、統計的数学的理論的であります。良識とは精神論に元ずく観念で、人間としての本来の在り方ということになるかと思います。

その「良識」のはんちゅうで均衡を保っていたことが、どんどん崩れていく。セクハラ・暴行・不正・わいろ接待袖の下・売春買春・未成年の飲酒喫煙・・・。もちろんイイとは言いませんがあまりにも四角く
目くじらを立てると、それが今や即「法律」のお出ましとなり、「犯罪者」として仕立てられ葬られていく。以前はこの「良識」の中でうまい具合に折り合っていたものが、スパッと線引きされて、ちょっとでも枠からはみ出ると、即NGとなる。大げさに言えば、社会から抹殺されてしまう。もっとも簡単に「頭を下げて」・・・でほとんどおしまいになるというのがまたまたあきれるばかりで、時を経ずしてゾンビのごとく生き返る。そして社会はそれをまた受け入れる。

何でもかんでも、法律法律。人としての感性がどんどん失われていく。音楽の存在がそれを救う一助になることを望む!

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痛み止め

痛み止めのコマーシャルが元気ですなー。錠剤飲んで「あっという間に痛みにバイバイ」なんてことを言いながら、さわやか笑顔!。更には、痛いのなんか、我慢しないで―!だって。

痛みというのは、何らかのサインなんです。何らかの問題が発生しているから、痛みとして体がサインを送っている。原因がある。その原因を探る前に痛みをカットしてしまう。その大事な感覚を麻痺させてしまうわけです。その場の痛みは解決する。解決するのは痛みだけであって、根本的な原因が解決するわけではない。もちろん治るわけではない。それって、ごまかしているだけですよね。痛みをごまかす、自分もごまかす。

どうしても必要な麻酔とか、原因が分かっていて抑えることのできない苦痛に対する処方とかとは違うと思うんです。痛いとすぐ飲む。ほんのちょっとした痛みが我慢できない。がまんするなんて、ナンセンス!なんて思っている。

体の痛みは、薬で解決。では、心の痛みはどうするんでしょう?お酒ですか、相談ですか、ショッピングですか、やけ食いですか・・・。人それぞれ解決の方法が違うのでしょう。なかなか解決できないのがこのこころの痛みです。そういう痛みに効果のある薬ももちろんあります。医学的にゆうこうな薬がたくさんあります。それはそれで専門家の処方によるものですから、効果的で必要なものではあります。が、気をつけなくてはいけないのは、心の痛みも薬でポン!みたいなことになりはしないかということです。こちらの痛みの方が複雑でそう簡単に**で即解決、とはいかない。しかしこういう世の中ですから、悩んでないで薬でポン!となる可能性、大です。

痛みはその場で簡単解決!という感覚で、「いじめ」が簡単に気軽に行われるようにならないことを祈る!

賞金王

男子ゴルフの年間賞金王に「宮里・・・」が輝いた!と、新聞にありました。この賞金王という言葉、表現。何か抵抗あるなー。

私の感性の中では、スポーツとは神聖な世界の中で行われるものであって、健全であるべきものという観念があります。従って、健全であることと「銭」がどうしても結びつかない。優勝賞金が何千万とか、契約金が何億円とか、懸賞金がどうしたこうしたとかを耳にすると、なんか興ざめする。

優勝した回数が歴代一位とか、金メダル何個とかナラまだ許せるし、そういった偉業はたたえられるべきだと思う。それが、いくら稼いだから偉いとかすごいとか、そんな事は経済界の世界で競いあえばいいんじゃないの?

クラブ一振り、バット一振り、ボール一蹴りいくら!なんてー感覚でしか見れなくなっちゃう。結局、スポーツも金儲けの手段かい・・・と言いたくなる。マー実際そうなんだろうけど、そうじゃなかったらあんなに必死になることはないよなー・・・。

最近の子供のお稽古事ランキングを見ていると、サッカー・水泳・ダンス・野球そしてゴルフ?あるいは将棋ですか!。これら全てめざすところは「銭」につながっているんです。従って、ピアノやらヴァイオリンなどの情緒的習い事は、どうやら二の次で人気、いまいち。何でもかんでも「銭」じゃないよなー・・

ひがみでしょうか・・・

おせっかいなおせちー!

新聞、DM、コンビニなどなど、何処へ行ってもこの「おせち」のご予約!今なら**円が++円!お申込み期限迫る。お急ぎくださーい!

むかしむかしは、おばあちゃんやお母さんがそれこそみそか、大みそかにねじり鉢巻き?(じゃない・・・何ていうんだっけ、あのほっかむりみたいなやつ)で、カントダウンまで料理していた。そして年が明けて、お参りもすまし、初日の出を拝んで「おめでとうございます」。そこにおせちの登場、となったわけで、なんかとってもありがたかった。たいへんなごちそうでもあった。それこそ年一回しかお目にかかれない物が勢ぞろい!そして待望の「お年玉」。

現代は、そんなことやってる人いない。でぱーとやスーパーでかまぼこだ、きんとんだ、ごまめだと、単品で買い集めてお皿に盛りつけて、はいどうぞ!全くべんりな世の中になったもんだ。それならまだ「まし」な感じがするが、あのセットになった「おせち」はなんじゃい。3段重だか4段重だか知らんが、写真で見る限りにおいては、なんか豪華でうまそ!所が、どんな状態で届くかというと一品ずつ真空パックになっていて冷凍かなんかで届く。それをばらして盛り付けてみるんだが、どうもあの写真のようにならん。なんか貧弱。そしてまずそう。だいたい、一万五千円相当のものが今なら九千八百円!とか書いてある。早い話がもともと九千八百円の物なのだこれは・・・。

それとその掲載写真の中に、「私が作りました!」と、ふんぞり返っているあの、和・洋・中の料理人。えっらそに腕組みなんかしてるし!そんなやつが作ったものなんか誰が食うか!料理は味わって頂くもので、食わせてやるものではない。そして、売れ残りの女優らしき人の笑顔にだまされるな。本当においしくないよ!

おせちくらい、「セット」はやめようよ。手作りじゃなくてもしょうがないからせめて一品一品選ぼうよ。しかもその方がお得でおいしいです。

バランス

やじろべーのように左右の重さが合っていて右に傾いたかと思うと、同じように左にも傾く。そして、この動作はずっと続く。これがいわゆるバランスということなんだけど、最近の世の中の色んな現象、バランスとれてない。

そもそもバランスを取るという行為は、相手を思いやるところから発生し成り立っているわけで、今の世はそこんところが無視されている。こっちが避ければそれでいい!あっちにの事なんか知らんという感覚。アンバランスの妙味というのもあるけれど、それとは違う。

自由競争の世の中だから、それでいいじゃんと、こうなるわけですが、それではあまりにも一方的、一方通行で、気がついたときに後戻りとかできない。とにかく前へ前へ進むしかない。人間は反省しながら、あるいは後戻りしながら次への展開を考えていかなければならないのに、それがない。できない仕組みになってしまっている。

そうなると、もはや話し合いも何もないわけで、「僕、それがほしいからとるんだもん」「僕、怒ってるからミサイルぶっ放すんだもん」となるわけです。

ばらんす=均衡が崩れると結果は悲劇的な状態になる。小さな例でいうと、夫婦げんか。口きかなくなって、しまいにゃー別れたるー・・・。

指向が自分寄りになることで、バランスなんていとも簡単に崩れてしまう。厄介です。めんどうです。修復に相当なエナジーを使う。バランスを保つのは簡単なことです。相手を思いやるきもちがあればいいんですね!その方が何十倍もハッピーなじんせいが遅れるはずです。

思いやるが重いやるになっちゃーいけませんです!

元気ねーなー・・・

私、未だ小学校3年生の息子がおりまして、地区の班で、「ポイント立ち」という役回りが交代でやってきます。通学路の主要な場所に立って、子供たちを見守る。朝の7時半から8時くらいまで、黄色い旗を持って立っているわけです。

「おはよー!」と、声をかけます。笑顔で元気よく、目を見ながら声掛けをしています。「うん」「あー」「ども」「はい」はまだいい方で、「・・・」というのも結構あります。目を合わせない、ひどいのになるとそっぽを向いていたりする。「おはようございマース」と返事をしてくれた子は10人中一人。恥ずかしいから返事しないんじゃないことは確か。

道路に立っているわけですから、通勤の人とかも結構通ります。そういう大人にも声掛けをしてみるのですが、なーるほど、ほとんどの人が返事しない。いぶかしげに見ていくやつもいる。下を向くか横を向くか、とにかく声が返ってこない。私ってそんなに変なおじさん?何か自信なくなっちゃう。

朝食を食べないで登校する児童が増えているらしい。ぎりぎりまで寝ていて(前の晩、寝るのがおそいんだろうなー)寝ぼけ眼で家を出る。おそらく朝の会話すらないんだろうなー・・・という感じ。胸を張ってにまっすぐ歩いている子も少ない。

子どもの姿は社会の縮図。其々の家庭の在り様がうかがい知れる。もっとも、「他人とあいさつなどしないように」と指導される世の中だから、しょうがないんでしょうね・・・。それにしたって、黄色の旗もって立っているわけで、その辺は、親が言うべきだよね・・・。「あのおじさんにはきちんと挨拶しなさい」って。あーもうやってらんねー・・・なんていっちゃいけないんだー!

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