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それぞれの役目

「新聞と週刊誌」「NHKと民放」が最も分かりやすいと思います。最近の新聞をくまなく読んでいますと、えっ!そんなこと新聞で取り上げなくたって・・・という記事がやたら目につきます。今朝も朝刊を開いておりましたら、「米朝首脳会談が・・・」がトップ記事で、2面3面にも関連記事。三面記事の手前の紙面に何やら黒いズボン黒い靴下、黒靴を履いた男性の足の写真が掲載されていて、キム・・・やはり上げ底か?とのコメント。

キムさんの身長がかなり低い。トランプさんとのその差が相当注目されていたことは事実ではありましたが、そもそもそんなことを取り上げること自体が間違っているわけで、ひやかし野次馬根性丸出しの愚劣な事であります。それを新聞がわざわざ写真まで掲載して報道する事か!やっていることがまさに三流で、あのくだらない週刊誌と同じである。それこそプライバシーの侵害である。北朝鮮の何らかの機関がこの報道写真を発見したらどう思うか?更に日朝関係がこじれていく材料にならんとも限らん。私だったらへそ曲げる。ましてやあの「誇り高き」キムさんですよ!週刊誌がなにを取り上げようが知ったことではないが、天下の公の報道機関である新聞がこんな記事を載せることが理解できない。面白半分にふざけて読者に媚びているとしか思えん。他、芸能人がどこそこで接触事故を起こしたtとか、誰それが離婚したとか、AKBだかなんかの**投票が行われたとか・・・。どうでもいいことをなんじゃー!そんなことで紙面を汚すなー。もっと大事なことがたくさんあるやろ!

と、同じく、最近のNHKの番組。ほとんどの番組にお笑い芸人登場。アナンサーも解説者もみーんなくだけてフレンドリー。笑ってばかりいる。食べ物の番組なんかも民放と同じく、くちゃくちゃ食べながらしゃべる。品格も何もあったもんじゃない。それでいて一丁前に視聴料を強制的に巻き上げる。民放には私ら金払ってるわけじゃないので何やっても構わない。見たくなけりゃ見なけりゃいいわけで。強制的に金払わして、あんな番組、あんな出演者。私らの払った金があいつらのギャラになってんのかよ!冗談じゃない。視聴料払うのやめようか!まさにあほな議員どもが税金の無駄使いをやってるのと同じだ!

やっぱ、この国は腐ってきている。腐臭が漂い始めている。消臭剤はもう効かないぞ!

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50%・50%

日本語で言うと「持ちつ持たれつ」ということでしょうか。アメリカ圏ではこの50%50%gがあたりまえ・・であったように思う。現地のスーパーなどで買い物をすると、レジでこちらが商品を一生懸命?流し、レジ係りが計算したものをどんどん送り出して、「袋はいるのか?」と無表情で言い放つ。客は金を払ってさっさと(自前の袋を持参する人多い)買ったものを詰め込んで立ち去る。「ありがとうございました」の一言もない。サンキュー・ユーアーウェルカムというやりとりがときたま聞こえてくるとほっとしたりする。彼らにとっては売り手と買い手は対等なのである。よくよく考えてみればそれは当然のことで、売り手がいなけりゃ買い手は成り立たないし、買い手がいなけりゃ売り手はなすすべがない。よって両者が同等なのである。それが大いに違っているのがわが日本である。売り手は妙に成り下がって平身低頭。買い手は神様のようにふんぞり返る。売り手はどんなことをしてもどんなに成り下がっても買ってもらえればいいのであって、所詮儲かればなんだっていいのである。下を向いて舌を出す・・・とはよくいったもんで、「ありがとうございます」と心から言っているわけではない。ありがたいのは買ってくれたことによって懐に入る「金」だけである。慇懃無礼という言葉があるが、おそらく欧米人には理解できない言葉ではないのだろうか。

いやいやあんた何言ってんの、王様と執事・金持ちと召使いみたいな関係なんか欧米にいっぱいあるじゃんか!あれを慇懃無礼と言わないでか?

ハイ、その通り。むしろ上下関係やら主従関係なんかは外国の方がハッキリしているようにも思われます。立場の違いはどうにもならないことの方が多くて、貧乏人はもちろん王様にはなれない。金持ちにも慣れない。が、立場とはあくまでも立場で、その立場が偉いのであって、その立場にいる人が偉いのではない。人はみな平等です。人でいることは平等なんです。社長という立場が偉いのであって、社長である人が偉いのではない。レクサスやベンツがかっこいいのであって、それに乗っている人がかっこいいのではない。上の人も下の人も主の人も従の人もそれぞれの立場に「誇り」を持っている。それが欧米の在り方です。従って、彼らは立場を取り除くとみんな平等という感覚を当たり前に持っています。
にっぽんじんは(中国人・韓国人なんかも)そこんとこ勘違いして、肩書きや持っている物やお金やあるいは容姿等でふんぞり返る。自分が偉いと思い込む。そして傍若無人な振る舞いに至る。そういう事が世の中のバランスを崩していく。

人間は、みな平等です。あなたが本当の意味での「人間」であればの話ですがね・・・

神は存在するのか?

痛ましい痛ましい本当に痛ましい、子供虐待事件。相当かわいい素直そうな優しそうな純粋そうな天使のような笑顔の5歳の女の子が、最悪の父親と最低の母親の仕打ちで衰弱死したと報じられた。その子の写真とひらがなでつずられた日記・・・。涙なくして見ることはできない。ただただ怒りがこみ上げる。その鬼畜にも劣る親(親なんて呼びたくない)を引きずり出し、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。どんな罰を与えても足りない。

保護員だかなんか知らんが、訪ねて行ったときにその鬼畜以下野郎に「関わらないでほしい」と言われて、すごすご帰ってきた、ということらしい。その時何らかの手を打っておけば、女の子の命は救われた。鬼畜以下野郎が悪いのは当然だが、すごすご帰ってくるしかなかった奴は悪くないのか・・・。アメリカでは虐待の通報があると、警察官が強制的にその家に突入し、子どもを保護。有無を言わさず親を逮捕、となるのだが、それには賛否両論があり、やれやり過ぎだとかその親の人権の侵害だとかもっともらしい意見が出るのも想定内。が、先ずは弱い立場にある子供の保護が優先されるべきである。能天気な日本人のようにあーだのこーだの議論している間に、子供の命は失われていく。そして「アー、あの時こうしてればよかったんですよねー・・・」と、こうなる。早い話が自分が悪者になりたくない、責任を取りたくない心理が働くから、便宜的な事しかできないのである、日本人は。私もそうかもしれない・・・と言っておかないとあんたらの気が済まないんだよね!

毎日のように報じられる虐待のニュース。相変わらずの後手に回った対応。明日もあさってもそれは続いていく。鬼畜以下野郎について述べ始めるときりがないので今日は言わないけど、「神」は本当に存在するのか?なぜ、子供たちが救われないのか?神も忙しいのか面倒くさいのか・・・。

虐待は社会のひずみの現れである。いじめにしてしかり、世の中の「悪」は全てひずみから生まれる。これが欲に支配された人間の醜い姿であって、今後その傾向が急速に高まっていくことは間違いない。だとするともう救いようがないわけで、人類はそれこそどこへ向かって進んでいこうとしているのか・・・。

もっとひどい犯罪が世界的に起こっている。悪のランキングからすると虐待なんかたいしたことない!なんていう声が聞こえてきそうだ。いやしかし「子育て」は人間の、生き物の原点ではないのだろうか?子孫が反映しなければ地球の未来はない。男と女を造り出したのは「神」であるとすると、その在り方について責任を持ってもらいたい。神よ!ボーっとしてんじゃないよ!目ん玉おっぴらいて現実をしっかり見よ!逃げるんじゃねーぞー!

ドラマチック

TVドラマとか映画とかには、必ず音・音楽がつきもので映像を盛り上げるためにはなくてはならない存在であります。音楽が全く挿入されていない映像(ドキュメントなんかによくある)を見ますと、その音がない分、余計に映像に対する想像力が働きます。視覚がより鋭くなり臨場感が増します。映像をより主調するために音・音楽の助けが必要なのでしょうが、それがあることにより何かが何らかの部分が強調されたりあるいは誤解を招く事にもなりかねない。

この音楽を聴くとあの映像がよみがえる、なんてことが起こる。あるいは逆もありこの映像を見るとあの音楽を連想するということもある。切っても切れないご縁なのでしょうか?
それなりに効果的であれば越したことはないのですが、事実より美化されたり、あるいは悪いイメージになったりと音・音楽の与える力は怖い存在でもあります。サスペンス劇場のクライマックスに流れるあの不気味な音、喜びを絶頂に導く歓喜の音楽、悲しみのどん底へ突き落すお涙ちょうだいの音楽など、作者がそこを強調したい意図的な作戦であります。こちらがそれほどでもない状態の時に、その音・音楽によってすっかりその気にさせられる。「はまる」。

今やどこかしこに音・音楽があふれかえって、それがなくなると逆に恐怖感を覚えるのかもしれない。ファミレスの意味のないBGM、駅に流れるさわやか?な軽音楽・トリのさえずりなど、無音になると不安になる事も否定できない。

人生も一つのドラマである。と、よく言われるが、残念ながらそこに音楽はない。少なくとも他から与えられる音・音楽はない。自分の人生をよりドラマティックにするためには、音・音楽が必要であるとするならば、自分の心に自分のための音楽をいつも流す必要がある。振り返ってみると、私はいつも心の中で「そう」していたような気がする。悲しい時にはセレナーデが流れ、うれしい時には歓喜の歌。一生懸命な時にはマーチ…というようにその時その時にいろいろな音楽が流れ、同調してくれていたように思う。音楽はあらゆる意味で私を支えてくれる存在であったわけです。

だとすると、もっともっとたくさんの音楽を知っている方がいいということになりますなー!もっともっとたくさん音楽を聴こうっと!

見えない現実

おととい、福島に行ってまいりました。あの忌まわしい原発事故から早7年。双葉群楢葉町の老人施設様・いわき市内の幼稚園様の2か所に、Q☆PIANOを寄贈させて頂きました。施設の建て替えなどに予算を使い切りPIANOにまでは手が回らない・・・とのことで、なんとかお手伝いができないものか。お寺様を通じて今回の「寄贈」となったわけです。
皆さま、音楽に相当な期待感を持っていらっしゃるのは事実で、ピアノが来ることによって、停滞していた夢とか希望への動きが現実化していく!と、大変喜んで頂きました。色は、緑をお届けいたしましたが、届くまでは「えーっみどりですかー」という感じだったのが木目基調の壁とすこぶるマッチして、あーこの色で本当に良かったとみんなで喜びました。安心感と安定感と安息を与えてくれる色なんだなーと改めて感心。荏田店に実物ありますので、見に来てください。
地元の方のお話から、復興は順調に進んでいるなんていうのは物理的なことがほとんどで、住民の方々の精神面などというものは・・・という感じ。「しょうがないですよね・・・」という雰囲気が漂っていました。「実際その場にいない」私のような者に、その現実が分かろうはずもない。軽々しく「ですよねー」なんて言えない重苦しさが見え隠れする。それでも、そこで頑張って生きていかなくてはならない、その辛抱強さには感服いたしました。むしろとても素敵な笑顔の方がたくさんいらっしゃいました。人間万歳!何て事を久々に感じました。一方、国会で繰り広げられる醜い争い、なすり合い。きれいなスーツ着て素敵なネクタイ締めて、夜は料亭で贅沢三昧。福島の現実など、もはや意識外。復興担当相が適当にやってるからいいんじゃない・・・。オラしらねー。ホントに情けない。でもこれが真実で、現場にいない人には現実は分からない。それはつまり「人の痛みは分からない」ということなんですよね。

高速道路を何台ものダンプがひっきりなしに突っ走っています。フロントに「復興支援・汚染土壌運搬」の旗を掲げて、それこそ元気よく胸を張って走っています。ほとんどが他府県ナンバー。出稼ぎだそうです。地元よりはるかに稼ぎが良いそうです。作物の作れない畑の真ん中に、でかでかと「人手あります!手配します!」**建設株式会社。黄色の看板に真っ赤な文字で・・・。どんな組織がどんな手段で人を集め、どれだけピンハネしているのか・・・などと、その背景を想像するとなんかいたたまれません。災害もビジネス!何でも金・金・金。必要悪というのでしょうね。

年2回ほど伺って、ピアノの保全と小さな音楽会を開かせて頂くことになっております。ささやかですが、音楽の力がお役にたてれば・・・

ほほ=ほっぺたのご挨拶

あの最近よく目にする光景がどうしても気持ち悪い。どこぞの首脳同士が交わす、あの「ほほ」=ほっぺたをくっつけ合うご挨拶。特にアジア人同士のその行為が・・が出そうなほど気持ち悪い。アメリカやヨーロッパなどでは当たり前の挨拶の仕方なのでしょう。彼らのその行為はスマートでナチュラルで何の違和感もない。そんな習慣に感化されたのか、あるいはそういう形でお応えしないと失礼にあたるとでも思ったのか、そうすることが先進の証とでも思ったのか、何処へ行ってもほっぺたをくっつけ合う。何となく腰が引けていてどっちからやったらいいのか戸惑ったりして、誠にみっともない。どうせやらなくてはいけないんだったらもっと練習したらいい。国内で国会や議会などで色んな人と会うときにもやったらいい。なんで日本人同士だとやらないのか。恥ずかしくってできないでしょ!
私の感覚からすると、男同士がほっぺたくっつけ合ったりするのは抵抗がある。いやだ。男と女だったらいいのか・・・。それはいい!なんてこと言うと今度は即「セクハラ」となるよねー。
なんか世の中、どんどんアメリカナイズされていってもう何もかもって―感じ。洋風を取り入れることが先進だと思い込んでる民族なので救いようがないのだが、それらは殆どが表面的であって、根っこが何も変わってない民族がいくら先進を取り込んでみたところで滑稽に映るだけである。

夫人を伴って外遊されるのは構わないが、あの「手」をつないでタラップをルンルンと登る。まるで新婚旅行にでも行くようなにやけた笑顔。それもぜひやめてもらいたい。・・が出そうなほど気持ち悪い。

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