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音気楽ブログ 社長ブログ

テリトリー

テリトリーとは領土・領地・領域のことであります。動物界、植物界においてはその区分が実にはっきりしており、それを犯すことはタブーである。万が一踏み込んでしまうと最悪「死」につながることになる。ライオンのテリトリーに踏み込んだシマウマはその餌食となってしまうし、魚類も鳥類も植物も同じことになる。太古の昔より暗黙の了解となっていることであり、それを守ることによって「生」におけるバランスが保たれてきたわけだ。
人間社会でもこのテリトリーがはっきりしているのは「やくざ」の世界。いわゆる「しま」と呼ばれる地域に踏み込んだりすると、大変なことになり、いわゆる「抗争」へと発展していったりする。犬も猫も踏み込んできた奴には容赦はしない。
男のテリトリー女のテリトリーというものもあって、最近これがかなり簡単に扱われている。特に男はこのテリトリー意識が強く、これは原始時代に確立されたことなので、DNAとして継承されてきたわけですからいまさらどうのこうの言われても困るのであります。もちろん女性にもテリトリー意識というものはあるわけで、しかし男と女のそれに対する意識の及ぶ範囲はずいぶんと違うようで、男のそれはなんか大きなくくりの中でのものであり、女のそれはかなり細分化されたものであると思われます。大きなことがどうの小さいことがどうの、ということを今、問題にするつもりはない。いずれにしてもそれぞれに守りたいテリトリーがあるのは当然で、それを踏み越えて侵入・侵略・破壊することが問題なのである。つまりそれぞれのテリトリーを認識しない理解しない、そして尊重しないことが問題なのである。無視!。ルールも何もすべて崩壊していくわけで、「中」や「北」がわがまま勝手に自分法律をぶっ立てて、世界に向けてすべてをごり押ししていくような状態となる。破滅へと突き進んでいくのである。
相手を尊重することにより、最低限守るべき「テリトリー」。全世界がこの意識を改めて認識しなくてはならない。そして小さな「個」がそれぞれに持っているそれもしっかり守られるべきである。夫婦・親子・恋人同士などで案外ないがしろにされがちなこの「テリトリー」。再認識することにより、お互いの関係が相当良好になることは確かです。女性たちよ、もう少し男のテリトリーを認めてくれ。男性諸君、女性の秘めやかなテリトリーに無神経に侵入してはならない。


ごめんなさいといわない人

ごめんなさい。なんと美しい響きであろうか。何か起こったときにまずは「ごめんなさい」という。するとそのトラブルの8割方はもはや快方へ向かうのである。人混みで肩と肩がぶつかったとき、何かミスを犯したとき、言葉が足らなかったとき、相手の気持ちが理解できなかったとき・・・素直にまずこの一言が言えるかどうかである。
日本人の得意な言い方に「申し訳ありません」というのがあって、とにかくあっちゃこっちゃからこの言い方が聞こえてくる。誠に便利な言葉で、いかにも反省して自分が悪かったといっているように聞こえるのですが、これ「ごめんなさい」とは全く違った言い方で、心の底から詫びているのではない。起こってしまったことを客観視して、自分のせいではないがとりあえず謝ったふりをしておくか・・・というにゅああんす。
現・首相さんも必ず演説の中でご使用になる。不祥事が発覚した企業の代表もよくお使いになる。
申し訳ないとはどういう意味か?かくかくしかじか起こったことを、相手にすまなくてお詫びしたい気持ちだ。ということで、ちゃんと謝ってないじゃん。正しくは、「申し訳ありません。ごめんなさい」である。このごめんなさいが言えないのである。自分の負けを認めたくないのである。自分が不利になりたくないのである。こんなまやかしの表現で、多くのお偉いさんたちはごまかして生き延びてきた。申し訳ないと頭を下げて「ベロ」を出しているのである。首相さんの殊勝な顔を見るたびに残念に思う。申し訳ないの後に「ごめんなさい」と一言いってほしい。


歳相応

年齢にこだわらずとか歳を意識せずとか適齢期なんて関係ないとかいくつからでもとか、最近この「歳」に関しての解釈がずいぶん変わってきて容認されることがやたら増えてきたように思う。平均年齢もぐっと上がって元気な高齢者が増えたためであろうか。とにかく元気に長生きするようになったので、その分できることが増えた。何かをやらなければ済まなくなった。第二・第三の人生。孫の世話ではなく自分たちの世話。大変結構なことだと思われる。が、歳相応という言葉があることを忘れてはいけない。70を過ぎてミニスカートにタンクトップ。80で精力絶倫。90でマラソンOK。100歳にして医者いらず等等。素晴らしい老人があっちゃこっちゃに出現。総じて若さをアピールし、まだまだ私は自分のために人生の時間を大いに使うとのたまう。それも結構。ですが人生にはそれぞれにそれぞれの時間の役割というのもあって、すべてが自分のためのものではないはずです。三世代同居なんてえ家庭も激減して、じいじやばあばが孫の面倒を見るなんてえこともなくなった。したがって子供は金を払ってよそへ預けるのである。共働きで家事をやってる暇なんかないから、金を払って宅配食やコンビニ食あるいは外食に頼るのである。やはりどこかにひずみが来るわけで、今一度歳相応の在り方、役目について再認識してみるべきかと思います。誤解しないでほしいのは、歳だからやめとけと言いたいのではない。ちなみにこんなこと言ってる私も今年69の高齢者です!

丁寧に丁寧な

ありがたいお言葉ですなあ。お偉いさんたちが無理強いをするときによくこの表現をお使いになる。基地を移設するにあたり住民の皆様に「丁寧な」説明を・・・。非常事態宣言を延長するにあたり更なる時短休業要請を「丁寧に」説明させていただく・・・。・・・するにあたり、つまり無理やり奴らが都合の良いように考え、やらせていただくにあたり、この「丁寧な」を武器として隠れ蓑として使用する。一見とても紳士的に聞こえるんですが、おそらくめちゃくちゃ謙譲語で歯の浮いたような言い方をされるんでしょうが、言ってることはおらたちが決めたことに無理でも従ってもらう!という、やくざとおんなじことをするわけです。御上には逆らえないのでしょな。なんか「丁寧」という表現が汚されたようで非常に気分悪い!本音でかかってこい、この野郎!

丸投げ時代

何でもかんでも「丸投げ」。率先して投げているのが現首相の「Yoshi」さん。とつとつと言葉足らずで答弁し、窮すると各大臣や専門家に丸投げ。責任転嫁も甚だしい。なんでこうも一国の代表になった人たちは自分を守ろうとするのか。国、国民を守るのがあんたらの仕事とちゃうんかい。首相だって一人の人間なんだから、自分を守りたいのはしょうがないんじゃない?なんて思ってるやつ、まさかいないよね。一人の人間だから・・・の使い方それは違うよ。立場役割の中での人間としての在り方を非難しているわけで、一個の人間としての在り方を否定しているのではない。覚悟をもって首相になったのだから、覚悟をもって任務を遂行すrべきである。ウルトラマンを見習え!。親としての覚悟という言い方に代表されるように、社会に出たらみんなそれぞれに覚悟をもって生きていくんだ。覚悟を決めた人は、決して丸投げなんかしないし自分を守るための弁明なんかしない。
とはいえ最近はそうじゃない人がどんどん増えている。子育てを筆頭に面倒なことはすべて人任せ。金で解決。保育園から始まり小中高と教育はすべて人任せ。病院やあらゆる施設に厄介ごとはすべて丸投げ。買い物もせず宅配におんぶにだっこ。何もかも機械任せAIまかせ。夫婦の会話も親子のきずなもどんどん希薄になっていく。それが最新の最先端の素敵な生き方、なんて思ったりする。するとあんたの存在価値って何なのかどこにあるのか。もう「個」が個である意味なんてなくなっちまうんだ。
確かに丸投げは楽だし、そこに新たなおかしな需要が生まれて、それこそ経済はうまく回っていくのかもしれない。経済優先の時代。それが成り立たなければあとは破滅しかないのである。そこまで我々人類は追い込まれてしまった。いや、自ら墓穴を掘ったのだ。後進のために何ができるのか、それこそい今、覚悟をもって立ち向かうしかない!

最高!しかないのか

国会の政府閣僚の答弁を聞いていると、彼らがやっていることはすべてが「最高」であるらしい。最高最善最良最強最新最多最大最長最短・・・。何でもかんでもさいさいさい。自分たちのやってること間違いなく「最」であると主張する。スペシャルでプレミアムでこれ以上はないという体制で、あらゆることにそれこそ完璧に対応しているといいたいのであろう。野党に突っ込まれると必ずこの「最」を押し出して突っぱねる。私たちは悪くないと。すべては人間のやっていることですから、判断が甘かったり間違えたりすることはある。予想だにしなかった(はやりの想定外ですか)展開となり、大きく舵を切りなおさなくてはならないことだって多々ある。所詮人間の予知能力なんてたかが知れていて、先に何が起こるかなんて神のみぞ知ることであるのに、まるで自分たちが全知全能であるかのような振る舞い言動。頭がどうにかなっちゃっている、精神が壊れちゃっているとしか思えない。間違ったら、素直に「ごめんなさい」といえばいいじゃないか。あんたら子供たちには偉そうにそう言っているじゃないか。大人になったら言わなくていいのか、国会議員は言わなくていいのか。特に最高責任者の「Yshi」とかいう人、毎回毎回、とぼけた的外れな答弁を繰り返し(あれも作戦なのだろうね。そうじゃなかったらあの人バカとしか言いようがない)極めつけは申し訳ないとしか言えないのか。申し訳ないが「脳死わけない」と聞こえてくる。ほんとに脳が死んでるとしか思えん。
いろいろな分野で日本という国は優秀な技術・頭脳を持った先進国であることは間違いないが、あの国会議員たちを見ていると先が不安でいっぱいになる。相変わらず居眠りをしたり、毎回違った変なマスクをしてきたり、発言している議員をバカにしたような目線で見たり、しょっちゅうトイレに行ったり、ほとんどが雁首揃えているだけでなんの役にも立っていないやつばかり。いっちょ前に給料もらって、喘いでいる人のことなんか、奴らにはわかるはずがない。国会の在り方を世界の人たちに見せられるのか?小学生の社会見学に取り入れてはどうか。中高大学生の傍聴席を作るべきである。ドイツの議会を見習って、議員全員、ボランティアでやれ!そうすると誰もやらなくなるんだろうなあ・・・・やっぱし金と権力のためなのか・・・先生と呼ばれたいんだろうなあ・・・。

スーパー人間百景

もむ・おす・ほじくる・なげるなど、商品に対する無礼極まりない行動を目にするのは日常茶飯事。5匹390円のイワシのパックをいくつもいくつも見比べて居座るおばさん。腕を組んだままショーケースをのぞき込んでうろうろするだけの親父。人が買おうとして手を伸ばすと急に侵入してきて妨害するおばさん。入り口でおしゃべり開始、自分たちワールドのおばん。998円を硬化で払おうとしてがまぐちと格闘するおばん。レジに並んでいると「かご」で押してくるおばん。レジで自分の番が来ると、どうでもいいことをやたら係の姉ちゃンに話しかけるおばん。バックが苦手で駐車場内渋滞を引き起こすおばん。などなど。あなたは、私は、どんなタイプなのでしょう?


また、元に戻れたら

元に戻るなんてえことはありません。このご時世、「元の平和な世の中に戻ることを祈って・・・」なんてえ言い方をあちこちで耳にしますが、時間はとどまることなくもちろん戻ることなんてありえない。あの頃に戻れたら・・・なんてえのも同じことで、あんたが若返るなんてえことはあり得ないんです。今がだめだから、神が怒って「変えろ、変われ」とおっしゃっているわけで、元に戻ってはいけないのである。」先を見て歩を進めていくしかない。後戻りをしてはいけない、できないのが人生なんです。
すべての物には寿命があって、やがて地球も太陽も滅亡・消滅する時が来る。自分に与えられたほんのちょっとの時間を、一生懸命、前を向いて進んでいくしかないのである。それが人生ってえものなのさ!元に戻って・・・なんてえのは人間のエゴ以外の何物でもない!

目くそ鼻くそを・・・

ご無沙汰です。いきなりこ汚い表題で失礼申し上げます。 この「目くそ鼻くそを・・・」とはみなさんご存じの通りでございまして、まあ程度の低い次元で、相手のことをバカにするという、なんともみっともない情けない状況ではあります。年齢を重ねますとこの傾向が進行いたしまして、超くだらないことで相手と、あるいは社会と張り合うことが多くなっていくのであります。TVに向かっていちゃもんつけるなんてえのも年取った証拠・・・。 
で、その「笑う」がねじ曲がっていくと「ほめる・おだてる」とおなぐさみになっていくわけで、こりゃあ始末に負えない。目くそが鼻くそを誉める、おだてる。いやーなんとも不気味。誰もほめてくれないから「目くそ」が「鼻くそ」を誉める。誉めたくないのにお慰みで誉める。こういう状況にはなりたくない。いつまでも相手をバカにして、おいらは突っ張って生きていくんでい!目くそで結構、鼻くそで結構。くそだってそれなりに意味・意義・価値があるんだい!

本音と建て前

完璧・最高・至高・極上・プレミアム・スペシャル・あなただけのという言葉に飾られて、商品やらサービスが押し寄せてくる。誰のために何のためになのか、必要なことなのか。極めつけを追い求めればきりがない。あらゆる科学技術の発達で、それに伴ってそれらが具現化されていくことは容易なのである。まさに不可能という文字はあり得ない世の中になった。夢のような素晴らしい展開なのかもしれない。が反面、同党の相当な犠牲が伴うのである。その犠牲の上に成り立っていることを忘れてはおけない。

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