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3密ならぬ3ミス

3密!。もう耳タコですね。言ってる人も言い飽きた感があるが、仕方ないんですこればっかりは。当たり前のことと、大原則として受け入れるしかない。だんだん慣れてくるとこれがぼけていい加減になる。「まあ大丈夫じゃない?」という慢心。「自分が正しい」という思い込み。そして最も怖いのが「もうどうでもいいや」という放心であります。慣れてくるとこの三つのミスを犯しやすくなる。やはりここで初心に帰って、「三密」を避ける思い、行動を再確認いたしましょう。

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人材とは?

「人材にお困りではないですか?」などという☎がしょっちゅうかかってくる。うちは音楽教室やってて、先生が13人来てくださっております。ピアノに始まりサックス、クラリネット、ギター、ベース、トランペット、ボーカル、バイオリン・・・・・ないものはない!。「御社のHPを拝見いたしまして、講師の方とか人材におこまりではないでしょうかあ?」という営業のでんわ。うるっさいわい。そもそも人に対して「材」という表現はなんとや!本当は「財」なのだ―――。というわけで、うちの先生方はうちにとっては財産です。労使の関係ではありません。集めさせていただいた生徒さんを、それぞれにご担当いただく。それぞれにご管理いただいて、うちはレッスン室を提供させていただくという全く対等の関係です。
今や人が人を「使う」なんてえ時代ではありません。ズバリ「契約」です。欧米的に言うところの「契約」です。そうすることによって、お互いに自覚を持ち強い責任感が生まれる。やっただけギャラになるのですから頑張ります。それが正しい人間関係だと思います。魚を取る人、売る人、買う人、みんな対等なんです。誰が偉いんじゃないんです。そもそもの人間関係はそうだったはずなのに、なんか知らんが上下関係やら強弱関係やら優劣関係やらが出来上がって、とんでもないことになっている。したがって、よい人材なんていう考え方がそもそもおかしい。自分の言うことを聞いて思い道理に働いてくれる人が欲しいんでしょ。そんなの勝手すぎる。誰が人(他人)のために命懸けで働くもんかい。もはや昭和でもなければ平成でもない。みんな自分のために生きていこうと必死なんだ。子飼いの社員?くそくらえ!会社が守ってくれる時代は終わったんだ!人を当てにして自分がいい思いをしようたってそうはいかんぜよ。いい加減「人を雇う」なんてえ感覚から脱却しないと、あんた、生きていけなくなるよ。人はあんたのためにいるんじゃない!人は材料ではない!

あおる阿呆にあおられる阿呆

あおり運転厳罰化!初の逮捕者!とありました。あおり行為は確かによくないしかなりの危険を伴います。最悪死亡事故にもなったりする。そうなんです。ダメなんです。やってはいけないんです。
私は運転歴45年のベテランです。免許取ってからほぼ毎日運転。乗用車、2トントラック、4トントラックまで運転した。400㏄のバイクにも乗った。走行距離はもう地球を何周もしたくらいだ。ありとあらゆる道路を走った。自慢しちゃうけど運転は相当うまい。そんなわたし、あおられた経験たくさんある。特に高速道路などでは追い越し車線を走っていると、さらにすんごいスピードの車が後ろから突進してきてあおる。以前はパッシングされたりクラクション鳴らされたり・・・・。一般道では右折しようとして対向車が切れずになかなか右折できないと、しびれを切らした後ろのドライバーがやたらエンジンをふかしてあおる。法定速度で走っていると車間を詰められてぐいぐいあおってくる。なんてえことは何度もありました。
こちらが悪くなくてもあおる人にしてみれば、なんか気に入らないわけで、そのいらいらがあおり行為になる。そういえば、歩いていてもそういうこと結構ありますよね。運転ってその人の心理状態がもろ出るんですね。特に気の短い人、わがままな人はそういう行為に走る。で、私も実はあおったこと、結構あります。
あおられるほうにも問題が山のようにあるわけで、のろのろ運転(わざとじゃなくても)、交通法規無視、ながら運転(特に女性に多いおしゃべり夢中運転)、体調不良運転(寝不足など)、バックミラー無視運転(これも女性に多い)、へたくそ運転(これも女性に・・・)等等、モーほんとに腹立つうんだよなー!!!!!。仕事で走ってるドライバーなんかからすると、ほんとに腹立つし困るし。毎日当たり前のように運転している人と、たまーにしかやらない人が同じ路上を走っていること自体が間違いの始まり。車種も技量も目的もバラバラな人達がですよ!
あおるほうもあおられるほうも両方に問題があるんです。どっちかが一方的に悪いなんてえことはない。世の中のトラブルはすべてフィフティーフィフティーなんです。そこんとこ、みんなでも一回よーく考えよう。そうすればこの世からトラブルはなくなる。
私は「あおる」人の気持ち、よーくわかる!あおられる人、少しは反省せよ!

自己顕示君VS自己愛さん

顕示も愛も強すぎると始末に負えない。どうもうまくいかないカップルにはこの取り合わせが多いようだ。方やあらゆる場面で自分を主張するし、もう一方はすべて自分のいいように解釈する。顕示君はどんなことでも自分が自分がと言い張る。世の中すべてが自分の「おかげ」で回っているとまで言い切ったりする。自分が法律!なのである。もちろん他を認めることはなく、少しでも自分の意に反することは徹底的に踏みつぶす。もう一方の方も自分が法律であることには変わりはなく、始末に負えないのが最後に「でもー」とのたまい、微笑みながらすべてをひっくり返す。顕示君と愛さんが逆の場合ももちろんあるわけで、顕示が女性で愛が男性ともなると、問題はますます複雑になっていくのである。
いずれにしてもそれぞれが己をみつぃめ改めない限り、この二人は永遠に平行線を保っていくのである。なんか身につまされるな――――。私は後者のタイプかな。ところであなたはどっちのタイプ?


人生のベース

ペースではなく「ベース」です。正式な発音はベイスですかね。人が生きていくためには必ず何らかのベースがある。家に基礎があるように、音楽にベースが欠かせないように。ただし人の生き方においては、時代や置かれた環境によってそのベースは変化する。時と場合によって変わっていくものである。
戦時中はまさに戦争がベースであったし、悪代官の下では悪政がベースであったし、バブル期にはバカみたいな好景気がベースであったりと。人個人においては受験やら就職やら結婚なんかもそのベースになったりする。今回の世の中は「コロナ」がベースになったわけで、何も特別なことではない。世の中は常に何らかのベースの上に成り立っているわけで、いつまでも今のベースが続くわけでもなく、次に何がベースになるのかもわからないのである。厄介なのが、そのベースなるものをそう簡単に変える取り除くわけにもいかないのである。では、そのベースに乗っかってしまったら、そこから逃れることができないのかというと、そうではない。変えられないベースの上に立って自分の独自の生き方を構築することは十分可能なことである。自粛で客が来ないと嘆いてばかりいる人もいれば、いろんな工夫をして売り上げを確保している人もいる。つまり思考を変えればどんなしんどいベースであってもその上に立って、生きていく方法はいくらでも見つけることができるのである。
今回のコロナがいい教訓になったと思う。どのように受け止めてどのように対応対処していくのか、それが人間の英知であると思う。もし嘆いてばかりの人がいたら、これを機会に人生の歩き方を大いに変えてみるべきだ。私ももう嘆くのはやめようと思う。ため息を一つつくと幸福が一つ逃げていくというからね!やはり前を向いて一歩一歩、歩いていくしかないんだねー!


「よう」と「だろう」

ようとだろうって何だろう。世界のトップを自負する大統領さんと、日本を背負って立っているつもりの首相さんのお得意の言い回しであります。とにかく鼻につく耳障りなこの言い方。「よう」とはどんな時に使われているのかというと、特に北の発言や行動に対してえっらそうに「・・・見てみよう」とのたまう。北が何をしでかすのか、それを見てからこっちの出方を決めるという言い方。偉そうやな――。そしてもう一名、流れるような弁舌に自己陶酔している人物、「・・・だろう」「・・・であろう」が得意中の得意。大事なことに関してすべてこの「だろう」でごまかす。「だ」「です」ではないこの「だろう」。無責任の極みである。私は言い切ってはいない!ではないか?と申し上げただけですと、逃げ道を必ず用意しておく。ほんとにずるいやっちゃなああ。
こんな情けない奴が日本の代表でいいのか、国民の90%がそう思い知らされた今回のコロナ騒ぎ。一時20%台まで下がった奴の支持率がまた盛り返してきているそうな。支持率40%まで回復?なんでや、何がどうしてそうなるんだ?結局、日本人ってそうなんだよな。それでみんないいんだよな。いつまでもまあまあなあなあでやってればいいんだよな。電通万歳!リクルート万歳!自民党ばんざーーーーい!

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