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進化とは

フィギアスケートのNHK杯ですかね、日本・ロシア・アメリカの選手がしのぎを削る女子。この度はロシアの16歳の美少女が優勝、日本のきひらは2位だったようですが、いったいどこまで進化していくのでしょうか。3回転が当たり前になりやがて4回転も当たり前になり、すると今度は5回転ですか・・・・。これを進化と呼んでいいのでしょうか?回数の問題なのか、高さの問題なのか、速さの問題なのか。もちろん芸術点も競われるわけですが、なんか技術点優先みたいな感じ。いかに芸術的であっても4回転ができなければ順位は上がらない。多少芸術的でなくても4回転が決まれば高得点となる。
スケート界に限ったことではなく、あらゆる世界でこの技術点が尊重されていく。例えばピアノのコンクールなんかもそういう傾向が強くなってきていて、速さ、正確さ、(音の)大きさなどが評価の対象になったりする。音の大きさに至っては全く愚かなことであって、どんだけホールに鳴り響くかが評価されたりする。メーカーも音量の大きなピアノを躍起になって作る。
そうなることによって、良い方向へ向かうのが進化なんだと思う。とんでもない方向へ向かって突き進んでいるように思える。果たしてそれは進化と呼べるのだろうか。

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プロがばらす

簡単レシピをプロがばらすのが流行ってますなー。料理とかDIYとかなんとかかんとか、今までは長年の修行の上に習得されていたことが、今やたったの3分イや1分でできちゃうんですねー。コンピューターによる科学技術の異常異様な発達が、その「修行」の部分をあっという間に解決してくれる。前略、中略、後略でいきなり結果!。すごい。みんなプロ並みです。
板前になるのに5年も10年もつらい修行、なんていらないんです。ということは、今まで苦労して積み上げてきた人たちはどうなっちゃうんでしょう。バカを見た・・・ということになっちゃうんでしょうか。いいや、それ違いますと、私思ってました。結果だけで評価されるんだったら人生の意味がない!と、思っていました。コツコツとかじっととかずっととか一歩一歩とか、そういうことで素晴らしい結果につながると、思ってました。どうやらそちらのほうが間違い・・・。時間をかけて出しを取らなくても**調味料でいいんです。コトコトに込まなくてもチンでいいんです。そういうことをプロが楽しそうに言うんです。開き直りかとも思いましたが、実際にこにこして言い放つ。マジシャンのネタ晴らしのような感覚。プロでありながらそのプライドに自ら傷をつける。
最近「ピアノ」が売れません。ピアノを習いたい人が増えているのに、いわゆる「生ピアノ」が売れないんです。重い・うるさい・高い・黒い・・・・と、デメリットばかりの代表格になってしまった。電子ピアノが売れてます。電子はあくまでも電子で、その音はアコースティックではない!などといっても、だれも聞く耳持たない。仕方がないので、先生たちも「電子でもいいじゃないんですか・・・」となる。これも迎合イや妥協です。プロがどんどん妥協して自らの生きる道を狭めていく。自業自得かな・・・・。


客が気を遣う

客が気を遣っちゃう店がある。中華料理の店なんだけど、メニューを見ると親父のこだわりがうかがえる。おそらく30年近くやっているんだと思うのだが、店は汚い。不潔というのではなく改装とか全くしていないので、床がはがれていたりテーブルカバーがくすんでいたり、メニューが黄ばんでいたりあと、メニューを書き換えたりしてるんだけど、新しい紙使わないで古いメニューの上に✖つけて横に汚い字で訂正してあったり、おおよそ見かけに何も気遣いがない。奥さんと二人で店をやっているんだけど(中国人の結構愛想のよいおくさん)ここ1年程その奥さん見かけない。つまり厨房もホールもそのこだわり頑固おやじが一人でやっている。
遅い!いつまでたっても料理が出てこない。一番時間がかかった時は注文してから25分かかった。さすがに切れそうになったが、事情を知っているだけにじっと我慢の子でいた。昼時は当然混むからちょっと早めに行く。さすがに料理がスムーズに出てくる。が、そのあとがよろしくない。次から次へとお客が入ってきて様々な注文。3番目あたりからもう滞り始める。客に水を出す、注文を聞く、厨房に戻って料理始める。また客に水を・・・なんてえことを一人でやっているもんだから迅速にサーブすることなんかできっこない。また客が入ってくる。うわー!土方のおっちゃんが5人も入ってきたー・・・。おらは何とかの大盛と餃子、おらは何とか麺と半ライス、おらは麻婆豆腐とラーメン・・・・・・。オーダーはどんどんたまっていく。料理は全然出てこん。客がだんだんイライラしてくるのがわかる。空気がやーな雰囲気になっていく。私、レバニラ定食食べているんだけど、なんか落ち着かない。一人だけ食べてんの申し訳ないような気になってくる。租借もそこそこに飲み込むようにチョッパやで食して、早々に立ち去る。
このおやじ、愛想がないというかことば足らずというか、例えばちょっと時間かかりますとか言えばいいのに、そういうこと一切言わない。もくもくと厨房とホールを往復している。半分以上の客の眉間にしわが寄っている。とにかくこのおやじ、まじめというか正直というか、もしかしたらバカなのか・・・。料理にはこだわりがあって、手抜きしないし材料吟味しているし、おいしいし。だから行っちゃうんですけど、客あしらいが超へたくそで、こっちがハラハラしちゃうんです。そんなとこ行かなけりゃいいのに、なんか惹かれるものがある。時間を外して午後一時過ぎとかに行くようにしています。すると面白いもんで、おなじような客がその時間帯にちらほら入ってくる。常連さんで、この頑固おやじのペースがよくわかっている人たちで、なんかツーカーな感じ。時間がかかることなんか気にしてない雰囲気が漂って、しあわせな空間になるんです。

世の中とはよくしたもんで、頑固物を理解してさせてくれる人がいるんだなー。頑固物はつまりは一生懸命やっているわけで、やっぱ筋が通っているからなんでしょうね!それにしても、奥さん帰ってきてあげてよ!多分子供といっしょに逃げっちゃったんでしょ!あの親父だったらわかるような気もするけど・・・・。でもこんな客のために、帰ってきてよーーーー

奇跡

このようにブログを更新できることも、奇跡なんだ・・・。毎日毎日いろんな事件・事故・犯罪・災害が起こる。一歩外に出る、いや出なくたっていたるところに危険な落とし穴があって、注意深く避けることもあれば知らぬうちに回避できていることもある。この知らないうちにというのが恐ろしい。本当は紙一重でかわせていただけで、一歩間違えればやられていたなんてことのほうが多いのかもしれない。当たり前にあることやできることが実は当たり前ではない。必然ではなくほとんどが偶然なんだ。運がよかっただけなのかもしれない。よく運も実力のうちというが、しっかり生きていないと運にも恵まれない。それゆえ日々の生活を意識をもってすごさなければならないということになる。
果たしてそのような意識で生きてきたものだろうかと振り返ると、どうもそのような自覚がない。ということは、やはり相当「運」によって守られ救われてきたということになる。感謝!。そうそう運がついて回るとも思えない。そろそろ運も尽きるのではないかと不安になる。それゆえ今後は生かされていることに感謝し、しっかりと意識を目覚めさせながら生きていくことにする。
一寸先は闇、である。一分後イや一秒後に何が起こるのかもわからない。今をこの今を大切に過ごしたいものである。

均衡

バランスといってもいいのでしょうか。よく使われるのは左右のバランスという言い方。が、何も二つのことに限ったわけではなく、三つも四つもあるいは相当な量にのぼりことにも使われているはずである。なんかこの絵は全体のバランスが悪い・・・とか。
我が家は三つのバランスで成り立っている。私・妻・こどもの三つである。朝はこの三つがそろっていて、そろった状態で朝の行事が進行していく。やがて、子供が学校へ、私が仕事へ、妻が仕事へと三つのバランスが解き放たれていく。その後はそれぞれの時間割で過ごし、その時間割により夜の集合は朝同様にはいかない。時間がずれたり、そろうことがなかったり。あるいは誰かが欠けていたり。私と子供はほぼ毎晩同じ時間を過ごすのだが、夜の仕事のある妻は大分留守がちになる。いいか悪いかの問題ではなく、必然的にそうなってそれを了承してきたのだから、それはそれでいいのである。ところがたまさかそのバランスが崩れる。子供がじいちゃんのところに泊まりに行くことがあって、妻がたまさか夜の仕事がなくて、すると夜の部は私と妻だけになる。たまには二人っきりでいいんじゃなーい!って誰かに言われそうなのだが、落ち着かない。ぎこちないふるまいと妙によそよそしい会話。しかもその会話がなんだかつずかない。何事もない残念な夜を過ごして寝ざめも悪い。
こんな経験アーりませんか?バランスって大切だし、維持するにってむつかしい。それほど微妙なもんなのでしょうね・・・・。

昭和日和

朝、目ざめと同時にカーテンを開けると、ひさびさに陽光が差し込んできた。、風もなくやわらかなその光に思わずうれしい溜息。10月中旬よりほとんど太陽を拝むことがなく、連日の雨、曇り。日照時間が記録的に短いそうだ。そんな薄暗い感覚にならされてしまって、今日のようなお天気に恵まれると「生きててよかった」なんて大げさに思ったりする。
それにしても暖かい10月で、昨日、例年の3週間遅れで富士山「初冠雪」。ようやく冬が間違いなくやってくるのだなー なんて感じ。今朝はしばしその陽光に見とれていて、なんなか忘れていた感覚、そうだこの雰囲気はまさに昭和のあの頃の空気感。私がまだ少年だったころ・・・もう半世紀以上前のころのあのすがすがしい、夢と希望に満ち溢れていた?ころの空気感であることに気が付いた。TVをつけ朝食の準備をするほんの2~3分の間の幸せなひと時でありました。

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