音気楽ブログ

小社会がもたらす悪循環

虐待による「子」殺しのニュースをよく耳にする。家庭内暴力(DV)がコロナの蔓延によって、ますますふえていることは確かである。ほとんどが狭い家の中、いわゆる密室の中で起こっているわけで、小さな社会がもたらす人間の錯覚による悲劇である。その錯覚とは何か。家庭という単位は相当におそらく一番小さな社会と考えていいと思う。父親・母親・こども一人という3人家族という構成がかなり多いように思う。あるいは増えつつあるのが、シングルマザーと子供一人。子供を殺してしまう原因のトップは、経済困窮による絶望感。2番目は子供の存在の否定=泣き声がうるさい・なつかない・めんどうくさいなどであるか。母親が留守中に父親が起こす、あるいは孤立した母親が思い余って子を殺める。
どちらも、判断・決断をするのは一人の大人?であり、何の抵抗もできない子が一方的に犠牲になるのである。感情の赴くままに一人で決断されたことはほとんどが最悪の結果を招くことになる。抑えてくれる人がいないし、止めてくれる人もいな。そもそもそこへ至るまでにその人を受け入れて受け止めてくれる人がいないのである。そこからうまれる感情こそが錯覚なのである。自分が正しいと思い込む。自分が法律で自分が大様なのである。
核家族化の産んだ悲劇。他人の入り込むすきのないこの小さな社会。誰に気ずかれることもなく、誤った判断で子が犠牲になっていくのである。